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「7都県市合同防災訓練の一環として実施」
2001年(平成13年)度の東京都総合防災訓練(ビッグレスキュー東京2001)は、昨年度よりも区市町村の役割を重視したものとなった。地域レベルでの住民の参加と防災機関の相互の緊密な連携が図られ、7都県市合同防災訓練の一環として実施された。
参加人数は都民、自衛隊、警視庁、消防庁など合わせて約1万5000人にのぼった。訓練は多摩地域直下での大規模地震(マグニチュード7,2 震度六強)が訓練当日の午前7時半に発生し、多摩地域を中心に広域的な被害が発生しているとの想定に基づき行われた。
訓練は、JR八王子駅前、都立南多摩高等学校、多摩川河川敷、調布基地跡地、立川広域防災基地、米軍横田基地、米軍赤坂プレスセンターの計七会場で行われた。
「JR八王子前の訓練」

2001年9月3日
JR八王子駅前
画像提供:東京都 |
JR八王子駅前では午前9時15分に地震音がスピーカーから流れ、訓練が開始された。八王子会場での訓練項目は、高層ビルや地下街からの救出救助、負傷者の応急救護、消火活動、駅前地区来街者等の安全確保且つ避難誘導、電車事故への対応、の計6点であった。
高層ビルからの救出救助として、東急スクエアでは14階屋上に逃げた被災者をヘリが吊り上げて助け、近くの病院に運ぶ訓練が行われ、そごう八王子店では火事が発生し、九階に客が取り残されたとの想定で、ハシゴ車が出動した。JR八王子駅北口では電車事故を想定した負傷者救出・毒劇物対応の訓練が行われた。
「米軍横田基地の軍民共同使用を実現」

2001年7月17日
「本部運営訓練」
画像提供:東京都 |
米軍横田基地での訓練では、対策本部活動訓練と防災機関等活動訓練の2つの区分に分けられ、様々な訓練が行われた。
北海道警と宮城県警の広域援助隊員、日本赤十字社の医療救護班、救急車両が自衛隊の大型輸送機で到着し、援助隊員はヘリに乗り換えて被災現場と想定された別会場へ移動した。傷病者を同基地から他県に運ぶために輸送機に乗せる訓練なども実施された。
石原はかねてより、米軍横田基地の返還を公約に掲げている。しかしいきなり返還せよということは難しく、その足がかりとして「基地の軍民共同使用」(米軍と日本人が共同で横田基地を空港として利用するということ)を目指していた。
ビッグレスキュー東京2001年が実施されたこの日、それまで日本が果たすことができなかった「軍民共同使用」を石原は実現させたのである。訓練への米軍の直接参加はなかったが、この間、航空管制業務は米軍側が行い、米軍機も通常の離着陸を実施した。それこそがまさに「軍民共同使用」であり、本格的な返還に向かう一歩であるといえる。そしてその一歩は非常に意義のあるものである。敗戦以来50年の長きに渡り、日本の中の外国として君臨し続けている米軍基地に石原は颯爽と踏み込んだのである。
「災害時の防災拠点に米軍基地を組み込むことを国に要請」
この訓練を通じて実証されたのが、災害時の被害を最小限に抑えるためには、横田基地を始めとする広大な米軍基地を活用することが日本にとって必要不可欠であるということであった。石原はそれを痛感し、国に対して、米軍基地を災害時の防災活動拠点に組み込むことを強く要望した。
政治の大眼目は国民の生命・財産を守ることである。今後も緊急事態を想定した総合防災訓練「ビッグレスキュー」は続けられる。
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