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「政治による変化をどこで実感するか」
国民の政治に対する無関心が叫ばれて久しいが、そこには「結局何も変わらない」といった政治への諦めの感情があるのではなかろうか。実際に政治によって何かが「変化」したということを我々国民が直接的に目にする機会は少ない。そのことが「なにをやっているのか分からない」という政治への不信感を生む一因となり、やがては無関心に変わっていく。
ここで1つの疑問がある。それではそもそも政治と国民が出会うのはいかなる場所であるのか?
当然のことながら、テレビや新聞などのメディアが第一にあげられる解答であろう。実際にそのようなメディアを通して、我々は政治の動きを目にすることができる。しかしそれらの情報は「変化」の実感を与えるまでには至らない。結局のところ「変化」というものは我々の日常に密接に関わる場所でなければ実感することができないのではなかろうか。
「広告を都バスの車体全面に掲載」

2001年11月2日
首都移転反対ラッピングバス出発
画像提供:東京都 |
2000年(平成12年)4月より、広告を車体全面に掲載した都バスが運行されることになった。従来は車体全面に広告を掲載し、それを運行させるということは条例により規制されていた。
しかし石原はそれを改正し、「目に見える政治」に着手し始めたのだ。この政策により1年目の2000年(平成12年)度には約5億円の増収をもたらした。
これは東京都の財政規模からすれば微々たるものではあるが、それ以上に都庁職員の意識改革を狙ったものであった。
「都庁職員に経営感覚を」
都庁職員は経営感覚が欠けていると言われている。それは結局のところ「税金」で給料が支払われているということが主な原因であろう。この政策は都の保有する財産を有効に活用し、それによって利益を生み出そうという、いってみれば「商売」なのである。石原はこの政策を通して都庁職員に経営感覚を学ばせようとしたのだ。
それはすなわち、従来の「税金で養ってもらっていればよい」という思考から、「活用できるものは積極的に活用し、自ら財源を確保しよう」という思考へとシフトを促すものである。現在、都バス以外にも都電・地下鉄大江戸線でも大型広告の掲載が実施されており、それらは「ラッピング・シリーズ」と呼ばれ、新しい広告媒体として都内を走っている。
カラフルで巨大な走る広告は、これまでの見慣れていた景色に明らかな変化をもたらした。国民はその変化に石原都政の始まりを実感したのではないだろうか。これはすなわち、「街」という舞台を接点にして、「国民」と「政治」が出会ったということに他ならない。
詳細はこちらから
「交通局」ホームページ
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/

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