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「日米の映画製作に対する認識の違い」
異才リドリー・スコット監督が独特の映像美で描いたヴァイオレンス・ムービー『ブラックレイン』(1989年/アメリカ)は日米二大スター、マイケル・ダグラスと高倉健の共演、そしてなによりも伝説となった故松田優作の鬼気迫る演技で話題をさらった。その映画の中で舞台はニューヨークから大阪へと変わっていく。しかしながらニューヨークでの撮影は順調に進んだものの、大阪での撮影は困難を極めた。それは主に撮影許可の手続きの煩雑さによるものだった。根本的に映画製作に対する考え方がアメリカと日本では大きく異なっていたのである。
アメリカでは映画は産業として認知されている。それは映画製作に対して官民共同の取り組みが行われていることを意味している。たとえばニューヨークでは市長室に「フィルムコミッション」という映画製作の支援機関が設置されている。そしてそれは文化的な事業のためというよりも、撮影による雇用の増加と市の収入増加を目的としている。そのため経済開発・財政担当の副市長の管理下に置かれているのだ。また市長室に置かれている意味は、市警など関係部局との調整を行う強力な権限を確保するためだと言われている。
上述したような支援体制が整っているため、当然のように撮影手続も簡単なもので済み、結果、ニューヨークを舞台にした映画は非常に数が多い。
「映画製作に対する無理解が煩雑な手続きを生む」

2001年4月20日
東京ロケーションボックス開設
画像提供:東京都 |
しかし日本ではそうはいかない。撮影許可を得るためにはいくつもの所管を回らなければならないことがあり、その上、それらの申請をどこで行えばいいのかも分かりにくい。
たとえば都立公園の管理は各々の管理事務所が行っており、海上公園は埠頭公社、都庁舎は財務局などというように所管が異なるだけでなく、それらの許可をどこでもらうのか分かりづらいのである。
このような映画製作に対する無理解な姿勢のため、日本を舞台とした作品が海外で話題になったという話を聞くことはほとんどない。
「東京は世界的にも特異な魅力を持った都市」
それは東京に関しても同じである。東京は世界的にも特異な魅力を持った都市である。アジア一の歓楽街である新宿歌舞伎町、所狭しと立ち並ぶ西新宿の高層ビル群、人の海のような渋谷のスクランブル交差点、情緒あふれる下町、緑いっぱいの奥多摩など数え上げればきりがないくらい、あらゆる風景が集積している混沌の都市である。にもかかわらず、その魅力が国境を越えて発信される映画という世界に生かされていない、生かそうという姿勢もないというのは非常に勿体ないことではないか。
「東京を世界のシネマスクリーンに」

2001年7月12日
リュックベッソン氏、石原知事と会見
画像提供:東京都 |
東京が舞台となる映像作品を増やし、東京を世界のシネマスクリーンに発信するためにはまず撮影しやすい環境を作ることが第一である。
そこで石原は、撮影許可の行政手続きを簡略化するために「東京ロケーションボックス」を都庁舎内に開設した。
撮影許可の相談の第一号は映画『WASABI』の製作・脚本を担当したリュックベッソンだった。
『WASABI』の撮影にはこれまで東京都が許可しなかった場所が開放され、社会的にも大きな話題を呼んだ。これは自身も監督経験のある「映画監督 石原慎太郎」と「都知事 石原慎太郎」の融合政策である。
最新情報および詳細はこちらから。
「東京ロケーションボックス」ホームページ
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/tlb/index.html

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