「知事公館とは?」

1998年4月1日
知事公館外観
画像提供:東京都 |
1997年(平成9年)に渋谷区に新たに建設された東京都知事公館は、約12億円をかけて完成した。地上1階、地下2階の鉄筋コンクリート造りで、4LDKの私邸部分のほか、災害時の指揮所となる防災連絡室や応接室、会議室なども備えられ、職員も常駐している。
これまで歴代の知事は就任すると公館へ入居させられることになっていた。それは緊急時の連絡体制の確保などを始めとする様々な理由によるものだ。
しかしながらまたその一方で、都庁サイドから見れば、知事の生活の一部始終を知りえることも可能になってしまうという側面もあった。つまるところ、知事公館とはいわば「都庁知事室の一部」ということになる。
「自らの仕事を大成させるために」
石原は都知事と同時に作家である。一般的には、「文学」と「政治」とはかけ離れているように思われる。しかしながら石原にとって「文学」と「政治」は背中合わせであるのだ。それは「私にとって文章を書くことは自負のゆえんだし、書かないと政治家としても終わりになる」という石原の弁に如実に表れている。
自らの仕事を大成させるために、最善の環境を整えるのは当然のことである。特に自らの世界に没頭する文学の執筆ともなれば、その必要性はより大きなものになる。職員も常駐する「都庁知事室の一部」では孤独な創作活動に集中することはできない。
そこで分刻みのスケジュールで動く「都知事 石原慎太郎」は、公務以外の時間を「作家 石原慎太郎」の創作活動に充てるために、公館への入居を辞退し、自宅に住むことを選んだ。それは勿論、自宅に住んだとしても災害時や緊急時の連絡体制に問題がないことを確認した上でのことだ。
「全国初の民間への貸付」

1998年4月1日
応接室
画像提供:東京都 |
そして都の保有財産の有効活用を図るため、知事公館を民間に貸し付けることにしたのである。ちなみに知事公館の民間への貸し付けは全国でも初めての試みであった。
結果、知事公館は『チャオ・イタリア・ジャッポーネ』(全世界イタリアレストラン協会日本支部・会長エリアーノ・フィオーレ)に、会長私邸兼ゲストハウスとして貸し付けが行われ、財政難に喘ぐ東京都に年間5000万円ほどの増収をもたらしている。
これは東京都が財政再建団体転落という未曾有の危機に際して、爪に灯ともすような努力が必要とされる中で、非常に合理的な試みである。

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