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「石原の人類の寿命に対する認識」
1992年(平成4年)に発行された環境庁創立20周年記念誌に石原は人類の寿命について以下のような認識を示した。
「この地球に棲息する動物の内の哺乳類としては最大の数を持つ人間という種族の寿命は恐らく後70年を待つまい」
当時はまだ現在と比べて地球規模の環境問題に対する認識が低い時代であった。それは記念誌に掲載された石原以外の歴代の環境庁長官の認識の全てが驚くほど楽観的なものであったことに如実に表れている。
現在、地球規模での環境破壊が進むなか、石原の中で「人類の寿命」に対する危惧はより強固なものとなっている。このように書いてきても、「そんな馬鹿な」と感じる人は少なくないだろう。
しかし最近、発表された、分野を問わず様々な専門家を対象に行ったあるアンケートでは恐ろしい結果が発表されたのである。アンケートの質問は、「人間はあと何年ぐらい存在するだろうか?」というものであった。回答者の中には、「100年」「人間は不滅」といった人もいたが、このような回答は非常に少数であった。圧倒的に多かったのは「5、60年」というものだったのだ。
「ディーゼル車規制と不正軽油撲滅作戦の開始」
石原はそれに対して何の手立ても講じないのだろうか? そんなことは決してない。地球規模での環境破壊が進む現在、石原は自らができる範囲でその進行を最小限に食い止めるために動き出したのである。それが東京発「環境革命」(条例によるディーゼル車の規制と不正軽油撲滅作戦)だ。
「大気汚染の元凶はディーゼル車、しかし国は何もしなかった」

1999年8月
環境科学研究所を視察
画像提供:東京都 |
都市における環境問題の最たるものである大気汚染。その主な原因は排気ガスである。
中でもディーゼル車の排気ガスによる汚染は凄まじいものがある。ディーゼル車の数は全ての自動車の中の2割に過ぎない。しかし全ての自動車から排出される窒素酸化物の約7割と浮遊粒子物質(SPM)のほとんどを排出している。
このSPMには発癌性があると指摘されていて、推測ではあるが、東京都の肺癌死亡者の約16パーセントはSPMが原因とされている。
ディーゼル車の排気ガスによって現実に人が死んでいるのだ。それだけではなく、アトピーや花粉症などの「現代病」の原因の1つにも排気ガスによる大気汚染があげられている。そのような状況にも関わらず、ディーゼル車に対する規制が日本では皆無であった。
「燃料にも問題が、不正軽油とは?」
更にこの問題には燃料である軽油の問題が大きく絡んでくる。日本はアメリカに尻を叩かれ、様々なものを自由化した。軽油もその中の1つである。自由化の結果、軽油は誰でも輸入できるようになり、それは倫理観の欠如した業者の参入を促し、不正軽油と呼ばれる粗悪な軽油が出回ることになった。不正軽油とは、軽油に重油などを混ぜ、軽油と偽り販売しているもののことであり、脱税を目的としたものである。
「脱税の仕組み」
軽油には1リットル当たり32・1円の軽油引取税(地方税)が課税される。
ここでは100リットルの軽油を販売する場合のことを考えてみよう。正規の業者の場合、100リットルの軽油を販売すると、消費者から3210円の軽油引取税を徴収し、それを自治体に納める。
しかし悪質な業者の場合、50リットルの軽油に、同量の重油を混ぜた不正軽油を「軽油」と偽り販売し、100リットル分の軽油引取税である3210円を徴収する。
そして自治体に税金を納める際には、実際に販売した軽油の50リットル分の税金である1605円しか納めないのである。
これにより、消費者から徴収した軽油引取税の半分は自らのふところに隠してしまうという仕組みである。
1999年(平成11年)度の都内における販売数量と推定混和率をもとに都が試算した結果、都内で110億円程度、全国で1500億円以上の不正軽油による脱税があると推計されるに至った。
「硫黄分がヨーロッパの10倍」
そして不正軽油は脱税の面だけでなく、環境面にも悪影響を与えている。
軽油には硫黄分が含まれていて、それが排気ガスの粉塵の元凶となっている。日本の軽油の硫黄分は正規の軽油でも、ヨーロッパの約10倍の500PPMという高濃度である。
不正軽油の場合はこの濃度は更に高くなり、正規の軽油を使用した場合と比べて、ディーゼル車の排気ガス中のPM(粒子状物質)は14〜17%増加し、NOx(窒素酸化物)は7〜8%の増加に繋がるのである。(軽油とA重油が1対1の混和軽油を使用した場合)。
不正軽油がはびこる要因は様々なものがあるが、その最たるは「税制」の問題である。
ガソリンは製造・輸入の段階(蔵出し)で課税されるため、脱税を試みる余地がない。しかしながら軽油は要するに消費税であるため、上述したように不正軽油の販売という形での脱税が可能になってしまう。
本来、国が税制を変えれば済む話なのだが、ディーゼル車に対する無規制と同じく不正軽油に関しても国は野放しにしていたのだ。
このような国政の怠慢に憤った石原は、ディーゼル車の規制と不正軽油撲滅作戦に乗り出したのである。
「不正軽油撲滅作戦とは?」
不正軽油撲滅作戦とは要するに主税局を中心にして行う「脱税という犯罪」の取締りである。不正軽油の主なものは軽油とA重油を半々に混ぜ合わせた混和軽油であるため、まず始めにA重油の流通ルートの重点的な調査が行われた。
そして警察や近隣県の協力を得ながら、路上での抜き取り調査が矢継ぎ早に実施され、販売元・製造元までの追跡調査がなされた。調査によって明らかになった販売元・製造元に対しては税務調査権に基づき立ち入り調査を行い、実際に不正軽油を継続的に製造している悪質な業者に対しては地方税法に基づきペナルティーを課していったのだ。
このような東京都の毅然たる姿勢は全国に浸透していき、他県との円滑な連携体制を敷くに至る。2001年(平成13年)の10月9日には、全国27都道県の連携により、主要幹線道路等119箇所において、合同路上調査を行うという大規模な抜き取り調査が行われた。
石原は不正軽油撲滅作戦について「今後も環境を破壊してはばからない不正軽油を首都圏から一掃して国民の健康を守る運動を全面的に展開していきたい」と述べ、これからも不断の努力が必要である認識を示している。
「都内で1日にこのペットボトルが約12万本出ています」

1999年11月30日
画像提供:東京都 |
ディーゼル車の規制に関しては、当然のことながら、国やディーゼル車を使用することにより利益を得ている業界などから強い反発を受けた。
しかし石原は、「都民、国民の命に関わることであり、これを早急にやらなければならない」という気概を持ち、それに臆することなく、懸命な働きかけを続けた。
その間、石原は常にあるものを持ち歩いていた。それは黒い煤の入ったペットボトルである。そして石原はあらゆる場所で、それを振り、言い続けたのだ。
「都内で1日にこのペットボトルが約12万本出ています」
中身の黒い煤の正体は、主にディーゼル車が排出するDEP(ディーゼル粒子)である。石原は深刻化する大気汚染へ警鐘を鳴らし、それを都民・国民に目に見える形で提示したのである。
「日本初条例によるディーゼル車規制」
東京都は、従来の「公害防止条例」を30年ぶりに全面的に改正し、「都民の健康と安全な環境の確保に関する条例」を制定した。それは、「東京都独自の排出ガスの基準を設定し、基準を満たさないディーゼル車の走行を禁止すること」や「大規模事業者に低公害車の導入を義務付ける」などを盛り込んだ画期的なものであった。これを受け、埼玉県・千葉県・神奈川県も東京都とほぼ同程度のディーゼル車排出ガス規制を導入。環境省も自動車NOx法の改正に着手する。
日本自動車工場会は排ガス規制の達成を2年前倒しする方針を固め、石油連盟も軽油に含まれる硫黄分を都の主張通り削減する方針を発表。これにより石油連盟加盟各社は、国の規制である2004年末より1年9ヶ月前倒しとなる2003年(平成15年)4月より、低硫黄軽油(50PPM)の供給を全国のガソリンスタンドで開始。そして国は排ガス規制の強化を2年前前倒しして実施することを決定した。
石原の都民、国民の健康を祈る思いが、国や業界をも動かしたのである。これこそが「東京から国を変える」という一つの達成と呼べるものではないだろうか。
新条例は2001年(平成13年)4月より施行されている。そして2003年(平成15年)10月からは排ガス規制が始まり、基準を満たさないディーゼル車は都内を走ることができなくなる。条例によるディーゼル車の規制は日本初のことだ。
石原と親交の深かった作家・開高健は生前ある言葉を言い続けていた。それは「あした地球が滅びるとも、君は今日林檎の木を植える」というものだ。
「人類の寿命はあともって70年」と言って憚らない石原が、環境問題に取り組むのはまさしくこの精神にもとづいてのものなのである。その努力をしなければ、必ず後悔するということを石原は痛いくらいに感じているのだ。
最新情報および詳細はこちらから
「ディーゼル車規制総合情報サイト」
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/jidousya/diesel/index.htm
「低硫黄軽油早期供給実現(環境局ホームページ)」
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/kikaku/oil/oil_index.htm
「不正軽油撲滅作戦(主税局ホームページ)」
http://www.tax.metro.tokyo.jp/oshirase/2000/200009f.htm

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