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石原慎太郎レポート

2006年 3月29日
四都県知事及び四都県商工会議所連合会会頭等の懇談会の模様


2006年 3月25日 東京国際アニメフェア2006視察

若手クリエーターと作品について語る



若手クリエーターと作品を鑑賞


2006年 3月25日
ゆりかもめ豊洲延伸区間開業・臨海部広域幹線道路開通の記念式典にて

ゆりかもめ豊洲延伸区間開業を記念してテープカット


2006年 3月17日
「東京の窓から」撮影風景
八丈島フリージア娘表敬訪問
東京都指定有形文化財 社団法人江戸消防記念会の「江戸火消しの梯子乗り」

「東京の窓から」撮影風景 アフターブ・セット氏と

八丈島フリージア娘表敬訪問



2006年 3月9日 秋葉原クロスフィールド オープニングセレモニー

2006年3月9日、秋葉原にて新たなIT拠点として『秋葉原クロスフィールド』のオープニングセレモニーが開催されました。石原は、以前から、秋葉原地区の開発にあたり、秋葉原が持つ魅力や世界的な知名度に支えられた集客力を活用し、世界的なIT拠点の形成を打ち出していました。本日、オープンした秋葉原UDXと昨年3月にオープンした秋葉原ダイビルとあわせてIT拠点の中心地が誕生しました。

テープカットの模様


2006年 1月31日 石原知事と議論する会 「スポーツと都市」


2006年1月31日、都庁大会議場にて石原知事と議論する会が開催されました


2006年 1月12日 東京オリンピック基本構想懇談会開催

2006年1月12日、都庁第一庁舎にて第三回東京オリンピック基本構想懇談会が開催されました。石原都知事を始め、立教大学教授の岡本委員、株式会社楽天の三木谷委員、演出家のテリー伊藤委員らが参加しました。


「東京の窓から」収録風景
ゲスト・楽天株式会社・代表取締役会長兼社長・三木谷浩史氏

収録前に撮影に応じる三木谷浩史氏と石原都知事。都内某所にて。


2005年 11月23日 石原慎太郎文学記念碑 除幕式

2005年11月23日、石原慎太郎のデビュー作『太陽の季節』の芥川賞受賞50年を記念して文学記念碑の除幕式が逗子海岸にて開催された。今回の文学記念碑建立は芥川賞受賞50年を機に、逗子市の市民らが実行委員会を設置したことから始まる。除幕式には約8000人の参加者がつめかけた。文学記念碑には「太陽の季節 ここに始まる」との石原の直筆で碑文が記され、故岡本太郎さんの太陽をモチーフにした金色のオブジェが飾られている。石原は「私の下手な字をのぞけば素晴らしい。今後もみなさんに喜ばれる作品を書きたい」と」と述べた。


除幕式に駆けつけた石原軍団とともに記念撮影。


除幕後の記念撮影。


ぶら下がり取材の模様。


文学記念碑の前で挨拶を述べる。


逗子海岸に建立された文学記念碑 石原の直筆で「太陽の季節 ここに始まる」と碑文がある。


2005年 11月: NYマラソン視察の模様 写真提供:東京都


野口みずき氏と


10月20日:東京マラソンに関する会談および基本合意の交換


日本陸上競技連盟会長・河野洋平氏と東京マラソンに関する基本合意を交換。


「東京の窓から」収録風景
ゲスト・岡野工業株式会社 代表取締役社長 岡野雅行氏



10月13日:東京都台東区上野動物公園にて
「東京ユビキタス計画・上野まちナビ実験」のオープニングセレモニーの模様


くす玉割の模様


大勢の都民、国民の皆様が集う中、先端技術における日本の力を語る石原都知事。


「東京の窓から」収録風景 ゲスト・田原総一郎氏


収録前に撮影に応じる田原総一郎氏と石原都知事


石原都知事 台湾訪問

アジア大都市ネットワークの円滑な継続のために


出発前に台湾総統府秘書長と会談する石原

石原都知事は2005年の9月2日の定例会見で、アジアの12都市(東京、バンコク、北京、デリー、ハノイ、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、ソウル、シンガポール、台北、ヤンゴン)が加盟する都市問題に共通で取り組む国際会議「アジア大都市ネットワーク21」から、北京が突然に脱退を通知してきたことを明らかにした。

アジア大都市ネットワーク21は石原の提唱で始まった。アジアの大都市の連携を図り、国家間の政治に関係しない共通の都市問題に取り組むことを理念とし、外交儀礼的な会議ではなく、 アジア独自の中小型ジェット旅客機の開発やテロ対策、観光対策など具体的な事業に共同で取り組むことを目的としている。

都知事として政治の世界に戻った石原は、長年抱き続けてきたアジアとの共生を、都市レベルから構築していく大胆な外交政策を打ち出す。それがアジア大都市ネットワーク21である。石原は以下のような認識に基づき新しい大都市間の国際協力体制を提唱したのである。

「世界の全人口の約半数が都市に住み、今後も都市への人口の集中は続くと予測されている。25年以内には世界の全人口の約3分の2が都市に居住すると言われている。都市の世紀とも捉えることができる21世紀に、アジアの代表的な都市が連帯し、共同で事業に取り組むことは世界的にも大きな意義がある。国家間では対立関係にある都市も、国という枠を越えた都市間のネットワークにより、政治的立場や文化・思想の相違を超えて協力関係を結ぶことが可能である」

アジア大都市ネットワーク21の第一回目の本会議は東京都で開催され、2004年11月には第4回総会がジャカルタにて行われ、都市間の共同事業は順調に進んでいた。

ところが昨年のジャカルタでの総会で、今年度の開催地を北京と決めたが、来年度の開催地は台北に優先権を与えるとしたため、北京が署名を拒否していた。アジア大都市ネットワーク21への参加は原則として「一国一都市の参加」となっており、北京が台北での開催を認めると、事実上、台湾の独立を認めた形になるためである。

北京の脱退により、2005年度の北京での総会は中止となり、今年の開催は非常に困難な状況となった。石原は定例会見で「理を尽くし礼を尽くして交渉していたが、一方的に脱退するといわれた。しかしこういうことは彼ら(北京)にとってもよくない。国際ルールに精通しなければならない。結局、損するのは向こうだ」と北京の対応を批判した。

このような背景の中、アジア大都市ネットワーク21の円滑な継続のために急遽、台北市長らと会談が行われることとなった。結果、馬英九・台北市長と会談し、次期総会を来年に台北で開くことで合意しました。

関連資料
アジア大都市ネットワークについて
北京のアジア大都市ネットワークの脱退について
2005年9月2日 定例会見 冒頭から5分33秒 15分35秒から21分33秒まで


靖国神社参拝の模様


参拝を終えて


入り口付近では長蛇の列ができ、「石原コール」が。
写真撮影:小林


東京都議会選挙での街頭演説の模様


写真撮影:小林


沖ノ鳥島視察の模様













写真提供:東京都

「東京の窓から」と「TOKYOBOY」の撮影風景






福原義春氏(東京都写真美術館館長)と

2005年 3月31日 新銀行東京 本店完成披露式典に出席

 2005年3月31日、石原は新銀行東京の本店完成披露式典に出席しました。新銀行東京の設立は、石原が2003年(平成15年)の3月から行われた東京都知事選挙に出馬した際の選挙公約です。

 以下、石原の挨拶の要約です。

「銀行の設立を強く決心したきっかけは、金融庁が出来た時、その存在がいかなるものか分かりませんでしたが、あるテレビで木村毅君が、金融庁というのは預金者・投資家のための役所かと思ったらどそうじゃない、かといって銀行のためかと思うとそうでもない。要するに何のためにつくったんですかと司会者が聞くと、あれは大蔵省のための役所ですよと言う。
 それから間もなく、当時の金融庁長官の公言を見たり、とある信組でどのように可能性の豊かな零細企業に融資していくかといったかなり突っ込んだ取材をしていた番組が報じられていました。
 そういうことを踏まえ、やはり新しいバンクを東京で創設しないと。つぶれるべくしてつぶれてしまう企業も有るでしょう。しかし物の一番基本となる部品なら部品と、ものごとの最低基盤をつくる超零細企業がこういうことでは、日本の将来が覚束ないなと思いまして、今日に至ったわけであります。」





2005年 3月31日
秋葉原クロスフィールド・オープニングセレモニーに出席

  2005年3月31日、石原は秋葉原クロスフィールド・オープニングセレモニーに出席しました。秋葉原クロスフィールドとは、今回オープンした秋葉原ダイビルと2006年3月にオープンする秋葉原UDXの2つのビルに、産学連携機能、集客機能、情報ネットワーク機能、オフィス機能といった複合的な機能を集積させ、IT関連産業の世界的な拠点を形成していくことを目的としている。

 以下、石原の挨拶の要約です。
「私がこれから話すことは、唐津先生の受け売りですが、秋葉原は世界のここにしかない。 とにかくないものがない。こうした電気製品の品揃えにおいて完璧な街は世界にありません。
 日本の電気製品の改良や開発はとにかく早い。こういった業界、技術体系の進歩、展開にはインフラが必要だということで、このようなことを東京都としても思いつき、展開しました。
 おおげさに申しますと、この街のこれからに日本という国家社会の興隆そのものの鍵がかかっている。もう間もなくもう一つのビルも出来ますが、絶大な吸引力になって、ITという新しい技術体系の中の可能性を日本の独自の力で変えるということを期待しております 。」






石原慎太郎公式ウェブサイト
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