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「ベトナム戦争の取材に赴く」
1966年(昭和41年)の暮れ近くのことだった。当時、石原は34歳。その年齢にして日本で原稿料の最も高い流行作家であった。しかし多くの仕事を抱え込み若干の疲労を感じていた。そんな折に、読売新聞からベトナム戦争の取材依頼が舞い込んできた。
それは戦争そのものの取材ではなく、異教徒であるベトコン側から提案された「クリスマス停戦(トルース)」というキリストの誕生を祝うため48時間に限り行われる停戦を対象としたものだった。
石原はこのクリスマス停戦について、「人道的には誰もが拒みにくい提案に神の名前まで出してくることに、欺瞞をしか感じることができなかった」と書き記している。取材を引き受けた石原の興味の主眼はいかにも文学者らしいものであり、それはクリスマス停戦そのものではなく、その後に再開されるであろう戦争の様相と兵士たちの心境に向かっていた。読売新聞側は、取材の対象はあくまでクリスマス停戦であることを強調し、停戦の前後には戦地の最前線に出向かないように念を押した。石原はベトナムに渡った。
「首都サイゴンで感じたベトナムの行く末」
石原は読売新聞の提言に構うことなく、クリスマス・イヴの前日にアウトポスト(野戦陣地)に出向いた。それは、たとえ取材の対象が停戦に限ったものだとしても、停戦と実際の戦闘の対比を描くためには砲火を交えている前線の情報が必要だと思ったゆえのことである。石原は各地を移動し、そこで、これまでの作家生活の中で培った想像力など遠く及ばない世界を見せつけられることになった。
そんな中、石原は次第にこの戦争の行く末を思い描くようになる。そしてついには、「南ベトナムは近い将来ベトコンに敗北し、共産化の運命を辿ることになるだろう」という予感を抱き、最後には確信に近いものとなった。
その直接的なきっかけとなったのは「対話」である。石原は首都サイゴンでベトナム国民たちと話し合いの場を持った。彼らの誰もが極めて知的で深い教養を持っていた。しかし彼らは終わりの見えない戦争の中で疲弊し、結果、自らの国家と民族の未来について強烈なまでの無関心を決め込むようになっていた。その「強烈なまでの無関心」が石原にベトナムの行く末を確信させたのである。
ベトナムには1ヶ月滞在した。日本に向かう飛行機の中で石原は、ふと日本について思いを巡らせていた。そして突然、先日までいたベトナムと日本の類似点に気付くのである。それには多くのものがあったが、特に強い類似を覚えたのは、「首都サイゴンで対話をしたインテリたちの強烈なまでの無関心」と「当時の日本で知識人と呼ばれていた人たちの政治姿勢」であった。それは石原に、「祖国日本もまたいつの日か自由主義体制が侵食され崩壊する日が来るのではないか」という懸念を抱かせたのである。
「病床で考えた日本のこと」
ベトナムから帰国した石原は思いがけない病に襲われることになる。それは戦場に蔓延するという肝炎だった。そして発病して間もなく、三島由紀夫氏から手紙をもらった。
そこには、氏自身も以前に同じ病を患ったことと、一旦病を得たなら敢えてこれを折角の好機ととらえて達観し、ゆっくりと天下を考えたらいい、とあった。
病床で石原は日本について様々なことを思った。そしてベトナムからの帰路に思い当たった懸念が改めて胸を締めつけた。石原はそのような心配を抱えるぐらいなら、それを防ぐ手だてを自ら生み出さなければならないと、政治への参加を考えるようになった。
石原が「政治」という1つの自己表現の方法を選んだ原点はベトナムにあったのだ。
1967年(昭和42年)、寒風吹きすさぶ冬のことである。
「25年間の政治闘争そして都知事へ」
1968年(昭和43年)の夏、35歳の若々しい「太陽の政治家」が誕生する。自民党公認候補として参議院全国区に出馬。史上初の300万票を得てトップ当選を果たした。

昭和62年
運輸大臣に就任 |
23歳で芥川賞受賞という華麗な作家デビューと同じく、政治家としてのそれも時代に衝撃を与える華々しいものであった。その4年後には参議院議員を辞し、衆議院議員選挙に出馬し当選を果たす。1976年(昭和51年)には44歳の若さで福田内閣の環境庁長官に就任し、55歳の時には 竹下内閣の運輸大臣にも就任した。
しかし議員勤続25年を機に石原は自ら国会議員を辞職。一語一語を吐き出すように語られた辞職表明で石原は、日本のことを「国家としての明確な意思表示さえできない、さながら去勢された宦官のようである」と断じた。そして「現在の政治に対する国民の軽蔑と不信はまさに自分自身の罪科である」と自らの非力さを詫びたのだった。
それから四年後、都知事に就任し石原は再び政治の世界に赴くことになる。35歳で政界に進出した「太陽の政治家」の政治闘争は国から東京へと舞台を移し、現在も続いている。
国会議員時代のエピソード、業績に関しては、石原の著作『国家なる幻影−わが政治への反回想』(文藝春秋)に詳述されている。
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