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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2007年1月5日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/

「10年後の東京」

 東京都知事に就任してからよく東京の近未来像についてただされたが、そう簡単に答えられるものではない。絵に描いた餅(もち)ならいかようにも言えようが、現実性のない将来像など意味もない。しかし、時代の変化になすがままということでは行政の責任も問われよう。

 この1年間、オリンピック開催も念頭に入れながら多角的にシミュレーションを行い、ようやく昨年暮れに信憑(しんぴょう)性のある向こう10年間における東京の改修計画を作成した。

 そのための大切な要件の一つが、日本全体は人口の減少が進むだろうが、東京の人口は必ず増加する。ということは人口が表象するように、東京への集中集積はますます進むだろう。その集中集積を、日本の心臓部、頭脳部たる首都として十分に活用させるためのインフラの整備は当然のこととなる。

 私が就任してから政府との交渉でようやく建設の凍結を解除させた外郭環状線と、8割方出来上がってきている圏央道の2つの環状線が整備されれば、東京の機能を阻害している中央部での渋滞は劇的に緩和され、正月とお盆時の交通状況となり、中央部では現況平均時速18キロ未満の車の速度は25キロとなり、都市としての便宜性も向上する。例えば、公民合わせれば世界の都市で一番数の多い東京中の美術館、博物館の存在意義も発揚されるだろう。

 加えて10年後の東京の緑地の面積は、東京湾の皇居ほどの大きさの埋め立て地を全島緑化し森の島とするが、併せて公立校の校庭の芝生化や屋上緑化などを含めて1000ヘクタール増加させる。これはサッカー・グラウンドにすると1500面分となる。さらに並行して家族の記念としての植樹を市民に呼びかけ、街路樹の数を今の倍ともする。

 先日、日本サッカー協会の川淵三郎会長と一緒に、すでに行政も援助して出来上がった校庭が芝生化された小学校を訪れてみたが、校長先生の説明だと休み時間の子供たちの生態が健全に一変したという。傷んだ芝生のために子供たちはそれぞれ教室で、大型のペットボトルの底部分を活用した十数センチ四方の芝の苗床を作り、鋏(はさみ)で穂先をカットしては芝を育てている。何よりも直截(ちょくせつ)な自然との交流に違いない。

 政府はこの今になってようやく市街の景観を規制する法律を定めたが、思えば私が初めて閣僚として勤めた旧環境庁で景観への規制をいい出し、新幹線の沿線の緑の田畑や森林の中に忽然(こつぜん)と現れる、もろもろの商品のための野立ての看板の時限つきの撤去を提案したものだったが、経済効果優先の当時の通産省の猛反対でつぶされてしまった。

 あれから時を経てようやく、この国の政治も真の成熟を志すようになったのかと慨嘆させられるが、都はそれに加えて市街を彩るけばけばしいネオンの色やビルの屋上の巨大広告板を規制撤廃していきたいと思っている。かつてドゴール政権の下で文化担当相だったアンドレ・マルローは排出ガスでくすんだパリの街の洗い直しを行いネオンサインの色の規制も行ったが、パリは驚くほど明るく、しかしなおしっとりとした雰囲気を取り戻し蘇(よみがえ)った。しかしこの日本では下手をすると、またぞろ、憲法を盾に表現の自由とかで、新宿歌舞伎町のあのあざとい色彩の氾濫(はんらん)の是認を主張する手合いが現れるかもしれないが。

 東京の川もまたこの機会に蘇らせたいものだと思っている。東京に限らず日本の大方の川はコンクリートを使ったいわゆる3枚張りとなり、川としての機能も風情も失ってしまった。日本に長いアレックス・カーの著書「犬と鬼」によると、訳のわからぬ建設事業の推進で日本でのコンクリートの使用量はなんとアメリカ全体の2倍という。その巻き添えで東京の川も、先人たちがせっかく造った運河も実質死んでしまった。

 東京商工会議所初代会頭の渋沢栄一は水路の多かったかつての江戸の機能をそのまま生かし、東京を東洋のベネチアにしたいといっていたそうだが、今日の体たらくだ。江戸の象徴ともいえる隅田川はどこもここものっぺりしたコンクリートの護岸となりはて何の風情もない。どころか、小舟で川を行き来しても、ここという所で岸に上がるすべもない。川べりに建つビルのすべてはどれも川には背を向けて、裏口とて川側にはついていない。都市全体が川という大切な機能を封じてしまっている。

 無残な例は、かつての木場は東京湾に移ってしまい跡地は公園にされたが、公園を使う都民の便宜のためか、水路にかけられた橋は車で過ぎる都合のためかもしれないが、水面を行くためには低すぎて中には手こぎのボートでさえも頭をかがめてはいつくばらなくては下をくぐれないという愚かさだ。

 ロンドンの象徴のテムズ川沿岸の通路は市民や観光客たちにこよなく愛される絶好のリゾートとなっているのに、かつて世界に冠たる大都市としてあった江戸の歴史と文化を表象する隅田川の最たる利用者が、護岸の壁を頼りに住むホームレスだけというのはなんとも悲しい話だ。

 しかし時間をかけて見直してみれば、首都としての東京の近未来にかけての可能性は計り知れないということがよくわかってきた。それを掘り起こし直し、近い将来での可能性に導いていくことが今東京に在る者たちの、ひとり東京といわずこの国への責任と思われる。その気になればできることなら、その気になって始めなくてはなるまい。

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