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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2006年8月7日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/

「いかに備えるか」

 この所の北朝鮮からのミサイル発射に関しての騒ぎを眺めていて、関係諸国の論調にある決定的な認識が欠けているのに気づかされる。それは北朝鮮のミサイルがまがいもなく日本への害意にのっとって運用されるとするなら、わが国にはそれに対して備え、報復を行う国家としての権利がありまたその能力も十分にあるということだ。

  北朝鮮の高官たちは日本がもし拉致問題にからめて経済制裁を行うなら瞬時にして日本を火の海にしてみせるなどと揚言しているが、そうした軍事的能力が彼等にあるかどうかは疑問だが、仮にそれがあるとしてもなお、実際にそれを行うほど彼等も愚かでありはしまいし、もし彼等がそれを行ったとしたらアメリカは日米安保にのっとってその報復を行わざるを得まい。相手が中国となればアメリカに躊躇(ちゅうちょ)もあろうが、北朝鮮と同盟国である日本のいずれを取るかという選択にアメリカは躊躇しまいし、すればアメリカは踏み絵を踏み外すことにもなる。

 アメリカがことを起こせば北の独裁政権は瞬時に近く崩壊しようし、非難こそしても、それは実は中国にとっても望ましいことに違いない。南の韓国が歯がみしようと、今現在実質的に中国の属国である北朝鮮は、はっきりと中国の所領となってしまうだろう。

 そんな推測分析の前に、北のミサイルが実際に日本に射ちこまれた際、いやその可能性が如実なものとなった際の日本の選択について、実は誰もそれをことの重要な要因として考慮にいれていないということの軽率さ不思議さである。それは多分日本の「平和憲法」なるいびつな国家規範が日本人に与えてきた思考への制約が、実は関係諸国にも日本の選択に関してのある種のアプリオリを設定してしまっているからに違いない。それは核武装を含めての日本の強力な軍事国家化という選択の可能性についてである。

 以前、私も属している自由社会研に亡き盛田昭夫氏との関(かか)わりで度々来席していたキッシンジャーが、日本側の誰もいい出しもせぬのに日本の核武装の可能性について何度か付言していたのを今になって強く思い出させられる。アメリカの国力が衰退し、日本がアメリカ以外の国との関わりで追いつめられた時の選択として、と彼はいっていたが。

 先月のウォールストリート・ジャーナル紙は社説として、北朝鮮問題での中国の拒否権発動や、韓国の日本からの敵基地攻撃論への非難は「日本に軍事力増強の必要性を認識させるだけだ」と警告し、日本の「国家主義的感情が高まれば核保有の抑制は難しいこともありうる」と記している。

 日本という国は外圧に弱く、外圧によって往々思いがけぬ方向転換を行ってきたが、将来北朝鮮なり中国による日本領土への明確な侵犯、毀損(きそん)が行われたならばそれは彼等自身に向けての強い引き金になりかねぬ、ということを関係国は知るべきに違いない。そして日本にはそれを極めて短時間で実現するための技術を含めた潜在能力があるということを、すでに熟知しているアメリカや中国だけではなしに、遅ればせながら日本人自身も知っておくべきに違いない。「日本こそが、眠れる獅子(しし)なのだ」というのは岡崎久彦氏のかつての至言だが。

 アメリカの国力が衰退傾向にある現今、かつてのソヴィエトに次いでの中国との新しい緊張関係の舞台となった東アジアは、かつての冷戦の主戦場だったヨーロッパに比べてアメリカにとっての比重は軽いものに違いない。そうした戦略構造の中でアメリカが日本に対する責任を放棄した時、我々はそのまま野垂れ死にして中国の覇権に組み込まれるつもりは毛頭ない。

 私はかつて驚くことに日本の議員としては初めて、アメリカの戦略基地のNORADとSACを視察し当時の核戦略の技術体系からして、日本で喧伝(けんでん)されているアメリカの核の抑止力など実在しないと、NORADの司令官の見解を引用しながら論証し、拙速な論評で核保有論者とされたりしたことがある。加えて当時の繊維問題摩擦を背景に行われた世論調査の結果は、日本の核保有の是非についての非が36%是が35%という際どい数字だったものだ。

 しかし、核戦略の技術体系が進歩変質してきた今、アメリカと中国のレベルの格差はかつての米ソ間以上のものがあろうが、戦争による人命の損失についての価値観に関してはソヴィエトと中国ではこれまた著しい差がある。ポンピドーに問われて、アメリカとの核戦争で三千万程度の人命の損失は一向に気にしないといい切った、現に合わせれば七千万もの国民を餓死も含めて死に追いやった毛沢東を唯一の国父として仰ぐ共産党政権がそうした伝統と信念の下に進めば、東アジアを舞台にした緊張が高まっていくことは必至だろう。

 質の悪い高度成長を続ける中国の経済成長が質の良い低成長に変わる可能性は見られず、このままいくと遅くとも北京オリンピックの直後、中国バブルは破綻(はたん)し政府が膨大な量の不良債権を抱えることになるのは必至である。中国の全企業の内政府関係の公営企業の数はその60%、そして中国で出回っている金融資本総量の70%は公営企業に向けられているのだから。

 そうなった時、北京政府が国民の目をそらせ経済破綻を糊塗(こと)し、内部の分裂を食い止めるために軍事的な冒険主義に走る可能性は十分にありえる。それに間に合わせての準備の時間はあまりないということを我々は知るべきに違いない。

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