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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2006年6月5日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/

「国家的無駄遣いの省略方法」

 日本の行政の構造改革の必要は自明のことだが、そのための必要条件への腐心も肝要なはずだ。その一つが、「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」の官僚支配体制の解体のための情報の開示だが、さらにそのための必要条件がいろいろある。その一つが会計制度の合理化による財政の透明化である。

 今日世界の先進国の中で国全体のバランスシートが無いのは日本くらいのものではなかろうか。この国の会計制度はあいも変わらず大福帳の域を出ぬ、金の出入りだけを記す現金主義の単式簿記で情報開示の観点からしても話にならない。東京都は私の最初の選挙の公約通り平成11年に貸借対照表を試作し、翌年には機能するバランスシートを公表、その後3年間の研究の末今年度から初めての本格的な複式簿記、発生主義会計をスタートさせた。これはある意味で、私が就任以来やってきた事の中で最も本質的な改革ともいえる。

 一般の企業人なら自明のことだが、単式簿記では複雑重層的な財政戦略が立てにくい。単式簿記では何にいくらかけるかという予算ばかりに目がいって、何のためにいくら使ってその結果はという決算的視野が欠けてしまう。加えて、その年度にすべてを使い切らねばならぬという馬鹿げた予算の単年度主義が拍車をかける。毎年2月3月になると、計上した予算をともかく使い果たすために、そこら中でやたら公共事業の工事が氾濫(はんらん)するという馬鹿げた現象が起こる所以(ゆえん)である。

 発生主義会計では現金の収支とは無関係に、債権、債務が発生した時点で費用や収益、あるいは未払い金や未収金として記帳されるし、複式簿記は現金、土地、建物といったすべての財産の出入りを記帳するから期末における財産の残高、財産の増減の原因までがわかる。つまり財政をダイナミックに把握出来る。

 従来国が行っている単式簿記、現金主義の会計制度ではさまざまな限界があるが、主なものでも4つ。

 第1はストック情報、現金以外の資産、負債の情報が欠如してはばからない。そのいい例が財務省の管財で、国はあちこち国有地を抱えているがこれが一向に活用されずにほったらかしにされているし、役人は頬(ほお)かぶりして、さながら自分の持ち物のようにそれを手放したがらない。

 第2はコスト情報の欠落。現行の方式だと国の行った事業サービスに要した真のコストがわからない。第3にはアカウンタビリティー(説明責任)が欠如。総合的な財務情報の説明があり得ない。その結果として第4に正確な費用対効果の分析による厳しい事業評価が出来ず、真のマネジメントがあり得ない。

 東京都が実行に踏み切った会計制度によれば、これまでいかにもわかりにくかったストック情報やコスト情報が明確化されるし、個別の事業の財務諸表が作成されることによって事業分析が強化され、無駄は省かれ財政はスリムになる。

 私が就任早々、都の財政再建のために樋口廣太郎氏を座長に牛尾治朗、宮内義彦、鳥海巌、高橋宏の各氏といったプロミネントな経営者を招き、加えて当時の公認会計士協会会長の中地宏氏による顧問会議をもうけたが、発足当時メンバーからさまざまな質問が出て横の私が聞いていても不可解な事案があった。役人にも説明出来ず答えは次回に持ち越されたが、次回の回答が行われた時メンバー全員がその瞬間、「なるほど、税金なんだ!」と全く同じ言葉を発したのがなんとも印象的だった。

 自ら汗することなく手にしている税金という膨大な金を左右するに、従来の会計制度はあまりにも隙間(すきま)だらけでその浪費に拍車をかけてしまう。今日国全体の稼ぎであるGDPのなんと1・5倍という借金をこしらえてしまいなおあまり悔いることのない国の財政担当者たちは、そろそろ財政再建のための構造改革のよすがとして、使っている道具ともいえる会計基準を根本的に見直す策を講じたらどんなものだろうか。刃こぼれし錆(さ)びて切れなくなった刀は研ぎなおすかしなくてはなるまいが、芯鉄まで錆びてしまった刀は取り替える以外にない。

 ひと頃問題となったが熱のさめてしまった観の否めない、公営企業ともいえる特殊法人の監査にしても、新しい監査基準を考え出し、それにそぐわぬ法人は有無をいわさず民営化してしまうくらいの手立てがなぜ講じられないのだろうか。特殊法人の中には手掛けている国家的プロジェクトにもかかわらず、その原価計算を示したことのないものがいくつもある。こんな杜撰(ずさん)がまかり通る先進国というのはあまり他に見たことがない。

 税金という金を手にしてばらまき与えるという作業に権威を感じるならば、その権威に関わる責任を果たすのが公僕の責務に他なるまい。自分が手にしている会計基準なるものがこの現代に未だにまかり通るという根拠があるなら、具体的にそれを示してもらいたいものだ。

 国民もまた、自分がそれぞれ属している企業が行っていることを、なんで国だけが行わず税金の無駄遣いを重ねつづけているのかを知り直し、少しは怒ってもしかるべきと思うが。

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