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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2006年5月1日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/

「日、米、中の三角関係のゆくえ」

 今年に入ってアメリカの対中国認識がかなり変わってきたように思われる。

 昨年までは中国との経済関係に気をとられ、目先の利益への思いこみがアメリカの国益を無視しての言動となって現れていた。ヤフーやグーグルといったIT企業が北京政府の言論統制を承知で中国に進出し顰蹙(ひんしゅく)を買ったり、私が面談した上院のベテラン、ルーガー外交委員長などもいかなる根拠でか中国は近い将来、向こう五年ほどの間に開かれた選挙を行うようになるだろうなどといい出して驚かされたが、日本無視中国偏重の観のあったゼーリックなどが中国にステークホールダー(責任共有)たれなどといい出し、先般の胡錦濤主席の訪米の折のアメリカ側の扱いや首脳会談後のそれぞれ擦れ違いの談話を見ても、資源問題でアメリカのいわば庭先である中南米に手を突っこみ始めたり、かつてのアメリカ兵虐殺引き回し事件後宿敵となったスーダンから多量の油を買いこみ、その対価を武器で払っている中国にアメリカがさすがに不快感と警戒心を抱き始めたのがうかがえる。

 加えてホワイトハウスでの両首脳の演説の最中に、中国政府の自由弾圧について「大統領、その男に人殺しをさせないで!」という野次が飛ぶ異例の出来事に象徴されるように、共産党政権による非人間的支配の実態が隠しようなく徐々に露呈してきている中国社会の不安定性への懸念が背景としてある。

 先日、外務省高官との会談の折、中国の国民大衆による暴動の頻度の数字について正され驚いた。私が過去数十回といったら、「とんでもない、我々が把握しているところでも過去一年に中国国内で起こった暴動の数は大小三万七千回を超えています」と。これはベラボウな数字で、ということは一日に優に百回を超す国民の政府への謀反があちこちで行われているということだ。それは即ち質の悪い経済高成長を強行してきた北京政府への反発だろうが、それを受けて北京政府が果たして質の良い低成長に切り替えることが出来るかどうか。貧富の驚くほどの格差を招きながら敢えて行われている経済成長はそう簡単に止まるものでありはしまい。

 そうした国内の本質的な不安定要素を抱える政府は、その鬱憤をそらすために一時期反日キャンペーンを計ったが、その失敗に気づきこれを抑制しだした。その証拠にある外交関係者が意識的に中国国内で試みている反日キャンペーンのインターネットへの書きこみは、行ってすぐに他から検索してみると、二十五分後には管理当局によって完全に消去されているそうな。IT時代の共産党政権による言論統制の実態はかつてオーウェルが書いた『1984年』をはるかに上回っている。

 そうした政治背景の下に無制限に近く行われている中国の軍事力拡張が、近い将来何をきっかけに、彼等をどのような冒険主義に駆り立てるかは世界全体の不安要因に他なるまい。それはわが国にとっても脅威であるといった民主党の前原前代表のごく当然なコメントを、同じ党の鳩山幹事長が、「相手の善意を信じれば脅威とはならない」などと能天気な反論をして驚かされたが、自国の民衆を弾圧してはばからない共産党政権の舵取りは、日本にとってはかつての米ソ対立の冷戦構造下よりも大きな危険を我々にもたらしていることは自明だろう。

 アメリカも遅まきながら同じ認識を持ち出したといえる。その最たる現れは近くハワイで行われる新兵器を束ねた大規模な軍事演習で、動員される空母は五隻、艦載機は五百機、潜水艦は四十隻。搭載される長距離巡航ミサイルは六百発という規模と聞く。これはあきらかに、昨年中国が何を目的としてか開発実験し一応の成功を示した、原潜から発射される長距離弾道ミサイルの顕在化が引き金となってのことだろう。

 しかしなお前にも記したように、核兵器の撃ち合いとなった時アメリカが生命の消耗戦に耐えられるかどうかは疑問ではある。私が昨年ワシントンとニューヨークで行ったその趣旨の発言に誇り高き(?)アメリカ人は反発しきりとも聞くが、それを受けてアメリカのある要人は在ワシントンの私の友人に託して、我々は責任をもって日本をも守るとは明言出来ないが、これから行う演習を含めて、我々は我々の国を中国からは絶対に守ることが出来るということを相手に銘記させるだろうといってきた。

 これは我々の多くが妄信している日米安保がらみで極めて含蓄あるメッセージではある。しかし今の日本としては、アメリカの正当な中国認識の下での軍事力整備の中で、かつてレーガン時代に宇宙軍拡競争によってソビエトが経済を疲弊させ、湾岸戦争という代理戦争によって通常兵器による戦闘でもアメリカにはかなわぬという認識を持たざるを得なくなり、そうした機運の中で台頭してきたペレストロイカに軍そのものが保身をかけて賛同し、共産党支配がついえたという歴史の事例の再現に期待するのが、せいぜいのところだろうか。

 ただ、その過去の歴史の事例と根本的に異なる点は、今日体質的に衰弱しつつあるアメリカ経済にとっての中国経済の占める比重が、かつてのソビエトとの対立時とは構造的に異なるということだが。

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