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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2005年4月4日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
西欧人のずるさ

 最近の国際問題の中でEUがかねがね禁輸の体制をとっていた中国への武器の輸出の解禁を考え出したというニュースほど不愉快なものはない。EUといってもフランスに始まって限られたいくつかの国々だろうが、彼等が日頃説く人道主義だの平和の理念と一体どこでどう整合するのか、矛盾極まりない話だ。
 
  彼等が本気でそんな魂胆を抱いているとするなら、イラクに対するアメリカの姿勢への非難などおよそ当たらぬことにもなる。それは増強の一途をたどる軍事力を背景にしての中国の危険な覇権主義を無視しての、いたずらの経済営利に依るもの以外の何ものでもない。危うい矛盾を抱えたままの膨張を続ける中国経済のただ図体の大きさに目がくらんでの武器の売りこみは、結果として東アジアにさらなる政治的軍事的不安定をもたらし、下手をすると世界全体を巻きこむ混乱を誘致しかねない。

 共産党政権の独善性なるものが過去にいかに非人道的な暴挙を敢えて行ってきたかは、冷戦構造下ソヴィエトがハンガリー、チェコスロバキア、そしてアフガンにおいても何をしてきたかを見れば明らかなことだ。そしてすでに中国共産党政権は一方的な軍事力の誇示の下にチベットを併合し、さらに狂気に近い軍拡を行うことで軍に支えられながらその独裁を維持し日本やフィリッピン、ベトナムの海上領土の領有権を唱え続け、実効支配への試みを遂げつつある。

 ヨーロッパを主な舞台とした冷戦は終結したが、すでに核まで保有してしまったテロ国家の北朝鮮とそれを支持する中国の存在はこの東アジアにおいて、実は冷戦時代以上の緊張を我々にもたらしている。この段にいたって、その元凶である中国にEUはヨーロッパの意思として武器の禁輸を解除しようという。これは世界が時間的空間的に狭小になった今日の時点でもはや認識不足などということではすまされぬ、卑しさという以外にない。

 他人の危険、実はそれは優に我が身にも及ぶことなのに、それを無視して己の儲け
のためなら他はどうなってもいいという魂胆は見え見えで、フランスなどという国は
過去に中近東のある紛争の折、大統領が出向いていって平和を説いてみせたすぐその
後、今度は首相が出かけていってフランス製の武器を売りこむなどという破廉恥をぬ
けぬけと行った国でもある。

 前にも記したが中国の産業経済は産業の工程の上流たる、新製品開発のための発想力もなく、ましてそのための新しい技術の開発能力もありはしない。あるのはただ中流の、労働組合も許されぬ非人間的条件下でのチープレイバーの多量生産体制だけでしかない。ちなみに下流の、自国製品の世界的販路での宣伝流通能力もありはしない。アメリカで実はもう本質的需要の無くなったIBMを、四、五番煎じで中国が買ったのもその証左に他ならない。

 つまり、従来ソヴィエトから兵器の供給を仰いでいた中国には、現在保有している武器の能力を上回る性能の兵器を自ら開発する能力はありはしない。EUはそれを見こんで新型の兵器の売りこみを計るつもりなのだろうが、それは自らが日頃しきりに唱えている理念への背信でしかあるまい。それを敢えて行おうという国があるとするなら、EU全体の威信にかけて、日本やアメリカが非難する前にEU自身の中で討論されるべきだろう。それが行われずにことが進められるなら、世界はEUそのものの存在に強い疑念を持たざるを得ない。

 まして中国は最近、台湾の独立を阻止するための軍事力の行使を認める「反国家分裂法」を作成し憚(はばか)らない。こうした政治的独善が軍事力を背景に展開されることの恐ろしさを、ヨーロッパはかつてヒットラーが同じ民族故にと強行したオーストリアの併合の歴史を踏まえて熟知しているはずではないか。

 共産党の独裁政権なるものは、自己保持のためには何をまで敢えて行うかということを、我々は共産中国の最近の歴史の中でまざまざ見せつけられてきた。晩年の毛沢東は己一人の権力維持のために、他愛ない若者たちをそそのかし文化大革命なる狂気を遂行し二千万人もの同胞を殺して顧みなかった。その前後訪中し毛と会談したフランス大統領のポンピドーが、「あなたは大陸間弾道弾なんぞを開発して、アメリカと戦争でもするつもりなのか。そんなことをしたら何千万という国民が死ぬことになるぞ」と質したら、「場合によったら戦争も辞さない。死者の数にはこだわらない。大体わが国の国民は多すぎるから」と嘯(うそぶ)かれ、呆然とさせられたという述懐がその日記に記されている。

 これでもしEUがヨーロッパからの対中国武器輸出を解禁し、間接的に日本という国を見限るというなら、日本は本気で独自の強力な兵器の開発を考えざるを得ないことにもなりそうだ。そしてその結果保有に至る最新鋭の兵器は当然、一番有効な安全保障の手段の一つとして輸出されるべきだろう。かつて三木武夫という徒(いたずら)に観念的で、それ故にか妙にもてはやされた総理大臣が、国家の安全を棄損しかねぬ愚挙としていかなる国へも武器の輸出を自ら禁止してしまったが、そうした迷妄もこれを機会に払拭されることになるだろう。

 天は自ら助くる者をのみ助く、というこの世の原理をヨーロッパが改めて教えてくれなくとも、我々は自らの運命を自分で切り開くくらいの覚悟は出来るはずである。

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