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「九月の歌」 |
重い病の床にある者にしてもなお、長く熱かった夏が過ぎていった時はほっとする代わりに、等しくある空しさを感じるそうな。
東京などは今年は並外れて、業苦なほど不快な暑さの続いた夏だったが、八月半ばに台風がやってきて海に出損ね、熱さ逃れにやってきた山中湖の山荘に閉じこめられたまま待つ内、一月ぶりとかの雨で周りの森や庭の芝生が蘇るのを眺め日本の気象の激しい仕組みを改めて感じさせられたが、嵐が過ぎるとその後はもう歴然と秋の気配となった。山から下りて願っていた海にも出かけたが、島から帰る海に吹きそめる風はもはや乾いた北東風だった。
確かに日本の四季の巡りほど、過ぎていく時について如実に感じさせるものはない。 この時と季節の変化に関する空しいほどの呆気なさは、日本人の体の内にどのように民族としての特異なDNAを培ってきたのだろうかと、瞬く間に夏に次いでやってく
る秋を迎えながらふと考える。
昔よく聞いた、ジョセフ・コットン、ジョーン・フォンティーン主演の名画「旅愁」 のなつかしい主題歌「セプテンバー・ソング」というスタンダードナンバーの歌の文句がこの季節にことさら思い出させられるのは、むしろ作った側のアメリカ人よりも聞かされる日本人の側の方に、あの歌の感傷に応えるものが多いのかもしれない。
「九月ともなれば、人はもう待つことに、あまり時をかけることが出来なくなる−」、 と歌の文句にあるが、無理やりのアナロジーではなしに、私自身の人生にとって以上に、この日本という国にとってまだ待てる時間がどれほどあるのだろうかと、秋という時間のメルクマール(指標)のもたらす感傷にかまけてかつい考えさせられる。
私はこの九月の誕生日で七十の大台に至るけれど、古希ともいわれるなまなかな時間帯ではないこれまでの人生の中で、それにしてもなんと目まぐるしくさまざまな出来事に出食わしてきたものだろうか。
支那事変という、さして戦争という実感のない一方的な国家事業の中で育ってきて、 もの心つきはじめた頃からアメリカという何やら大変な国を相手の戦争が始まりそうだという噂が段々に真実性を帯びて来、周りの大人たちが声高にあるいは声を潜めて戦争の予測について語るのを脇で耳にしながら、ある日ついにそれが到来した。そし
て子供心の懸念を裏切って大きな戦は一方的に進められていったと思ったのも束の間で一瀉千里の凋落、それを証すように子供の耳にもニヒルに響く軍歌の替え歌が巷に流行りだし、いよいよ本土決戦で全員が死ぬのだと聞かされ、死ぬというのはどんなことなのかと必死に想っていたが突然の終戦、敗戦だった。
久し振りに出て見た東京は焦土と化していたが、数年の内に東京へ向かう横須賀線の窓から眺める景色に変化が見られ、気づいてみたら華やいだ消費社会の到来だった。
そしてあっという間に日本は世界第二位の経済大国となり、またあっという間に経済の停滞と社会の衰弱が始まった。私個人の感慨では、私の人生という時間帯の中で私は中世なら多分二、三百年はかかったろう変化に晒されてきたといえる。
さてそれで、私の人生もさることながらこの先この国にいかなる変化いかなる運命が待ち受けているのかと、新しい季節を迎えながら改めて思う。いやそれよりも、この激しく大きな変化の時代に地球という小さな惑星の上に住む人間なるものの運命はどうなるのだろうかと考えさせられる。海に出て遠い島々への行き帰りに目にさせられた海の汚れ、魚たちの姿の激減、海流の洗う島々の海に比べて強く匂い立つ東京湾の水の汚れの凄まじさ。船の航跡さえが最早白く泡立つことなく淡い緑褐色でしかない。
十年ぶりに南アで開いた環境サミットを眺めれば集まった人々は集まる限りの危機感はそなえてはいても、その主張は千差万別のようで実はそれぞれのエゴティズム
(自己主義)を踏まえてしかない。つい以前にあの天才的宇宙学者のホーキングが予告していたように、地球程度に文明が進んだ惑星はそれが限界で極めて不安定となり、
宇宙全体の時間からすれば瞬間的な短時間で滅びるだろうという予告の信憑性は、はたしてただ秋という季節故の感傷だろうか。
あの国際会議に一人首脳が不参加のアメリカという、昔チンギスハンが作った世界最大最強の帝国に似て、統治はしないが支配はする超大国の責任をやがては神が証そうとしても、その時彼等も含めて人間そのものが存在していないのならこれまた無意味で空しい話でしかあるまいに。
宇宙全体の「存在」とそれを洗って流れる悠久の「時間」なるものについて初めて 真剣に考え説いたのは釈迦という天才だった。釈尊の輪廻の哲学には、人間の存在の永遠性への期待とそれ故の謙虚と勇気が説かれていたが、文明に奢った当節の人間たちはそのあげくに実は、自らの存在を自らの手で絶とうとしているのかも知れない。
しかし季節と時の変化にいかに敏感でそれ故そのはかなさを知る日本人にしても、 自らの社会の、それ以上に人間の存在の基盤そのものの崩壊消滅をただはかなく見送ってすます訳にはいきはしまいに。

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