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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2004年9月6日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
「新しい国家戦略を」

 かねがね内外の識者から、日本には国家としての戦略が全くないといわれてきた。私もそう思う。国際交渉という、互いに国益を踏まえての一種のゲームの中で、手の内に有力なカードを保持しながら日本だけがそのカードの切り方が一向にわかっていない。そのカードをいかに束ねて、いかなる切り方をするかは政治家の責任なのにその度胸も見識もあまり見られず、相手につけこまれ国家としての失点を重ねてきたのが実情だ。

 最近のWTOなどの会議で有力な参加国の間では、各省の代表ばかり数多く並んで確かな意見を出し得ない日本は外して事前にことを決めてから本会議に臨む傾向が強くなっている体たらくだ。

 その前に、日本側自身が自分がいかなるカードを手の内にしているかもよくわからずにいる。わかっていても日本側の各役所の思惑の対立でそれを敢えて黙殺してかかりもする。例えば日本の航空機に関する伝統的技術を維持しさらに高め自前の航空機を製造しようとしても、それを極端に嫌うアメリカの意向を気にする省庁のために手をつけられずにいる。今後の世界を支配するIT部門でも、日本には相手を凌ぐ有力な技術体系がありながら、アメリカのいうスタンダードに敢えて準じようともする。

 例えば日本の坂村健氏の天才が生んだトロンを、かつて橋本通産大臣は相手のカーラ・ヒルズに脅されるままに屈して潰してしまったし、中曽根首相時代にも三菱重工が発表した刮目(かつもく)すべき性能を備えた次期支援戦闘機の計画をひっこめてしまった。トロンはその後トヨタ自動車がエンジンの完璧な管理に活用することで復活し、携帯電話の開発普及と相俟(ま)ってさらに普及はしたが、PCに関してはアメリカから締め出されたままでいる。

 技術とはカテゴリーの異なる他のカードについてもほとんどが持ち腐れの域を出ない。その一つが、日本がドルを支えるためにけなげにも買い続けている公私合わせれば二百兆円を超すアメリカの国債だ。かつて橋本首相が少しこれを売りたいと発言しただけでアメリカ株が暴落して以来これに触れるのはタブー視されてきたが、売る以外にも用途はいろいろあるはずだ。

 例えばこれを担保にして世界中から金を集め巨大な基金を作り利益率の高いプロジェクトの開発に用立てる。極めて有効な案の一つとしてシベリアの資源開発があろう。

 そしてこれは、最近軍事力を背景にした強引な拡張主義が目にあまる、特に日本に対しての非礼では我慢の許容範囲を超えている中国への反撃と、その野心の封じこめにも絶大な効果があろう。数字のごまかしからさまざまな背信行為を含めての中国経済の不自然な膨脹は、中国社会に巨きな歪みをもたらしつつあるが、将来予測されるあの国の危機の要因の一つとして資源の不足が在る。領土の広大さに比して中国には有力な資源は乏しく、故にも日本領土の尖閣諸島付近の海底資源は彼等にとって大きな魅力だった。沖縄返還直前からの領土権の主張はその表れだし、最初にこれに着目したアメリカのメジャーを巻きこんでの今回の試掘調査も当時からの連脈の上にある。

 沖縄を返還したアメリカも狡く、日本が尖閣の領土権に関してハーグの国際裁判所に提訴しようとしたら、自国の利益を踏まえて、一旦返還してしまった領土の正確な帰属については責任は持てないと逃げてしまった。以来能天気な日本政府は、老獪なトウ小平の「尖閣の問題は後代の頭のいい連中にまかせよう」という言葉を有り難がって自ら尖閣問題を棚上げにしたままできたが、その隙に彼等は着々とことを進め、今日の体たらくである。

 そんな事実をも踏まえて、中国とは比較にならぬほど豊饒な地下資源に恵まれているシベリアを含めた東部ロシアの開発を、アメリカも巻きこんで行ったらいい。ロシアはすでに実質的にアメリカとの戦いに敗れた存在であり、アメリカに対する軍事的危険はありはしない。そして現況のロシア経済状況では東部開発のための資金などはありはしない。そのロシアは従来国境紛争を踏まえて中国と対立しつづけてきた国家なのだ。

 ここで日本、アメリカ、ロシアが連携してシベリアの開発を推し進めることは、資源弱小国家でしかない中国にとっては大きな脅威にも繋がるプロジェクトとなり得る。 そしてそれは、中国に対して経済と軍事の両面ではダブルスタンダードをとっていたクリントン時代にしてなお日米安保の新しいガイドラインの突然の作成に繋がったように、アメリカ政府の一方の認識として、軍事的には危険な要因を孕(はら)む中国の存在へのさまざまな牽制に繋がり、新しいガイドラインにも「アジアの安定と平和の疎外要因」として謳(うた)われていた中国の攻撃的姿勢への抑制ともなり得よう。

 そしてさらにこのプロジェクトを進展させていく段階で、未開発ながら多くの可能性を有するインドを積極的に組みこむことで、中国に対する軍事同盟などよりも有効な、多角的多元的な包囲網が形成されるに違いない。

 これは、眠っている膨大な資源の発掘活用というあくまで平和な目的に依る、中国の我が身のほどを知らぬはた迷惑な軍事的脅威を相殺もするという一挙両得な戦略に他ならない。そしてそれを主唱し遂行するカードとしての資力も技術も我々は優に保有している。後はそれを国家繁栄のための戦略として捉え遂行する政治家の見識だけである。

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