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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2004年4月5日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
「尖閣諸島に関する私的メモ」

 昭和四十六年、参議院議員だった私は佐藤総理に懇願し、ワシントンで行われた沖縄返還協定の締結に参加させてもらった。あの歴史的行事に自薦他薦同行を希望する者が多かったが、佐藤総理は一切の議員の随行を認めずにいたが私と竹下登の両人には特別の配慮で、どこか外国を経て、ワシントンで勝手に合流したという形で許すとしてくれた。

 すでにその当時から、尖閣諸島周辺に海底油田の可能性が高いということでアメリカのメジャー筋から密かに日米共同開発の申し出があったが、佐藤総理はそれを拒否し、メジャー側はならばと相手を変えて台湾に持ち掛けていた。それに刺激され台湾側はにわかに尖閣の領有を主張し出し、それにつられて北京までが同じ主張を始めた。

 これは奇妙な話で、当時はまだ中国に関する代表権は台湾にあったからアメリカは同じ戦勝国の領土を占拠統治し、その一部を爆撃演習の標的にしていたことになるが、それに対して台湾がどう抗議したということもありはしなかった。

 返還が行われた時点で佐藤総理が一番気にしていたのは、メジャーに操られ領土権を主張する分子が尖閣周辺に派遣していた台湾漁船の存在だったが、賀屋興宣(おきのり)氏の陰の努力が功を奏し、蒋介石総統の配慮で返還が行われた日の朝には台湾漁船の姿は消えていた。その謝礼の密使として台湾に赴いた賀屋氏に私も同道し蒋総統に会ったものだった。

 その後、北京の覇権主義が世界の視覚から遠いチベットの併合を百万を超す人々の殺戮(さつりく)の上に強引に成就すると、尖閣諸島の領土権の主張はますます強化され、日本政府の弱腰や、ハーグの国際裁判所への日本の提訴に関してのアメリカ側の非協力をよいことに、並行してフィリピンのスプラトリー諸島、ベトナムの西沙諸島に関しても一方的な領土権主張となって現れてきた。スプラトリーでは事前に持ちこんで海中に散布しておいた中国の古銭や土器の破片を、後発の調査団が発見したと見せかけ、それをもってかの島々が古来から中国人の支配下にあったというトリッキーな主張となって、相手の弱腰につけこみ一部に中国漁民のためと称して軍事用の施設まで強引にかまえてしまうありさまだ。おそらく今回尖閣諸島を侵犯した連中も、既存の施設を破壊しただけではなしに、後々のために海中に何らかの物品を歴史的物証としてばらまいたに違いない。

 彼等のこうした姿勢は田中角栄首相が屈辱的な国交正常化を敢えて行った頃から強化され始め、かつて私たち青嵐会はそれを見越して拠金し関西の大学の冒険部の学生たちを核にした有志を尖閣に送りこみ魚釣島に簡単な灯台をつくった。その後政治結社青年社が豊富な資金で立派な灯台を建設してくれ、私も運輸省の水路部にはかって正規の灯台として海図に記載するべく一部の補填工事まで頼んで灯台は完成したが、いざ海図に正式記載という段になったら外務省から「時期尚早」という横やりが入って、魚釣島の灯台は閃光を発しながら灯台として海図にはいまだに正式に記載されてはいない。これは近くを行く船舶にとって航行上むしろ危険なことともいえるのに。

 それにしても自国の領土に国民が拠金して造りあげた、灯台という万民の安全のための施設を、「時期尚早」として自ら認めさせまいとする役所の正体とはいったい何なのだろうか。要するに、北朝鮮に誘拐された多くの同胞の救出に無関心と同質の、背信的不作為に他ならない。そしてまた国会という場で、これまでこの灯台が一切不問に付されてきたという事実も奇怪という、ただ議員たちの無知怠慢というよりない。

 その後しばらくして沖縄でアメリカ海兵隊員による女子小学生のいまわしい輪姦事件がおきた時、それと重なって中国の跳ね上がりたちが魚釣島に上陸し大きな騒動となった折、ニューヨークタイムズの記者が当時のモンデール大使に、「尖閣諸島の紛争がさらにエスカレートした時、日米安保は発動するのか」と質したら、大使は言下にNOと答えた。私は驚きと怒りでそれを聞いたが、なぜか政府も国会もそれを問題としなかった。議員をやめて間もなくのことだったが、私は担当していたコラムでそれを非難し、アメリカが自ら正式に返還した領土を侵犯から守ろうとする日本をアメリカが助ける意志が無いならば、日米安保の意味は全く無く条約は消滅せざるを得まいと書いた。それを受けてアメリカ議会の野党共和党のスタッフたちの中に共感の声が上がり、結果として間もなくモンデールは更迭された。そして以後、一年半の間日本にアメリカ大使は不在となった。

 そうした過去の事例を踏まえて眺めれば今回の騒動の中で国務省の報道官が即座に、尖閣諸島は日本の統治下にあり、この領土保全のためには安保条約は発動すると言明したのは当然ながら、かつてとはいかにも対照的である。

 大切なことは、敗戦のどさくさに北方領土をかすめ取ったソヴィエトとの間に構えられた冷戦構造が終わった今日、日本は新しい侵犯者中国や北朝鮮を相手に、自国の領土領海を有効に守りぬき、ひいては国民の財産生命を守るべく、防衛体制の一新を計るべきなのだ。海上自衛隊はアメリカの第七艦隊の一分隊としてのソヴィエトの原潜追跡の任務は終え、主に日本海、支那海における領海と領土への侵犯に備え、場合によっては、敢えてそれを行う相手を撃滅する能力を備えた、例えば第三次中東戦争の折イスラエルが開発保有した艦対艦、艦対空ミサイルを搭載した高速舟艇による艦隊を持つべきに違いない。

 自らの国土を自ら守ろうとしない者のために、一体他の誰が手を添えようとするであろうか。くり返しいってきたことだが、天は自ら助くる者をのみ助くという歴史の原理を、本気で悟りなおすいい機会ではなかろうか。

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