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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2003年12月5日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
「メディアの狂気」

 新聞テレビといった広域報道機関が第四権力といわれて久しいが、所詮人間の司る方法である限り政治や司法といった第一、第二、第三の権力が人間の恣意によって左右されるのはあり得ることとしても、それを監視監督し彼らに正統な中庸を保たしめるためにこそ在るべき報道機関が、それを運用する人間たちの一方的恣意によって偏 った情報を提供するということになると空恐ろしいことになる。

 自由社会にあっては、人間が個々それなりの価値観を保有することは基本的人権として認められていることであり、いかなる権威権力もそれを否定することは出来ないはずだ。己の属する国家社会の歴史についての評価判断についても同じことであって、 科学的に立証された事実以外にそれが絶対というような評価が成り立つことなどありえまい。たとえ人道主義という、人間の美徳を信じ踏まえた理念をかまえたとしても、 歴史の重層性を一律に切り裁くことは出来はしない。

 二十世紀を支配してきた歴史原理ともいえる植民地主義を今になってヒューマニズムをかざし非人間的として謗るのは容易だが、当時にあっては食うか食われるか二者択一の国際関係の原理が世界を支配していたのであって、食われずに済んだ側の者が食う側として繁栄したという過酷な現実があったことを誰も否定し得ない。レーニンがいったように、「近代ヨーロッパの繁栄は、植民地における資源の収奪と奴隷に近 い安価な労働力の使役の上にのみあり得た」というのは二十世紀の歴史の裏側の原理ともいえる。

 有色人種の中で唯一の近代国家を作り上げ繁栄した日本の近代史の原理も同じこと だが、欧米の先進諸国との違いは、当時世界最強最大の軍事国家ロシアの南下による 植民地化を防ぐために決起発奮した日本の民族的衝動に依る奇跡の勝利の上に成り立 ったものであり、故にも八紘一宇という同じ有色人種への強い共感を元にしていた。 が、日露戦争の勝利によって列強の一員となり得た日本のその後の進路も、他の列強に倣っての植民地拡大に向かうことになる。

 朝鮮半島の合併もそうした歴史のうねりの上で行われたものだが、当時極めて不安定だった半島の政治情勢の中で、隣の清国か帝政ロシアか、あるいは日本のいずれを選んでのことかという追い詰められた政治状況の中で彼らの自主的選択として行われたという歴史的事実に他ならない。

 その後日本が朝鮮半島で行った植民政策は、オランダがインドネシアで二百万を超す人々を殺戮し、アメリカがフィリピンで四十万もの独立運動者をバターン半島に閉 じ込め餓死せしめ、イギリスが清国での阿片戦争を通じて行った膨大な数の殺戮侵犯に比べれば相対的に温和なものだったといえるに違いない。それについては金完燮氏の著書「親日派のための弁明」に詳述されているが、氏の動機は彼が学んだアメリカ の大学での植民地に関する歴史の専門家の教授の示唆によるものだったそうな。

 ということもまた、自らの構える人道主義的歴史観にもとるものとして絶対に認めまいとする者がいることに私はことさら反発もしないが、それが広域を支配するメディアによって一方的な弾劾、それもそれに関する発言を意識的に改竄捏造し白を黒とするような形の報道批判となると、公器としての逸脱ではすまされぬ、個人への卑劣 な中傷を超えた、言論に対する弾圧という犯罪行為と言わざるを得ない。

 さる十月二十八日東京の芸術劇場で行われた北朝鮮による拉致被害者支援の大会で私が行った講演の中での、「私は、かつての日韓合併の歴史を100%正当化するつもりはないが」という前置きで始まる歴史に関する所信を、TBSは「サンデーモー ニング」なる番組で、「100%正当化するつもり」で切り、その後に「だ」という 音声に近い音を加えて、画面の下にわざわざテロップで、「正当化するつもりだ」と 書き加えて報道し、座談会の出席者は全て私の発言を国際関係を損なう非常識なものとして批判していた。ちなみにTBSと友好関係にある毎日新聞、朝日新聞も共同通信社もその部分に関しては正確に「容認するつもりはないが」と報道しているのに。

 これによって都庁に非難の電話も数多くかかってき、こと知らされた在日の民団や朝鮮総連は抗議の声明と私の辞任を要求してきたものだった。しかし同時に、事実の改竄捏造に気づいた多くの視聴者からTBS局に抗議の電話が殺到しデモまでが行われたと聞く。TBSは慌てて、あくまで現場の聞き違えによる技術的ミスだったと釈明してきたが、まともな言語感覚を保有する人間なら後に続く文言を聞けば、駄目押しをしたテロップが矛盾したものと気づかぬ訳はない。そんな言語能力の者たちが天下の報道を担当しているとしたらこれまた危うい限りだ。

 今後刑事、民事による訴訟が進めば彼らの作為は当局の音声に関する科学的分析によって立証されるだろうが、こうした粗暴で卑劣な中傷が報道という公器によって為されてしまうという狂気の現象は社会危機に繋がるものといわざるを得ない。

 競争相手の他局の視聴率の金銭による改竄について毎日新聞は、「不正に関する感覚の麻痺」などと居丈高な批判をしていたが、ならば公器による個人へのリンチを行ってはばからない友好テレビ局の姿勢をいったい何と呼ぶべきなのか。

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