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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2003年6月2日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
「あきれたメディア事情」

 新聞やテレビといった報道機関が第四権力といわれ出したのは大分以前のことからだが、それにつれて日本のメディアが、権力としての責任においての自戒の上に洗練され質的にも向上してきたという実感はほとんどない。

 特に政治という社会工学的にもっとも影響力の大きな分野においての、それを運営遂行している政治家に関する報道の、その使命に比べての低劣さには唖然とさせられることが多い。そうした報道の当事者たる記者たちの関心は、国民の知る権利の代行 として取材の中で発露されるべきなのだろうが、彼らの知的水準が低劣だと報道の内容そのもののレベルもそれなりのものにしかなり得ない。

 しかし取材を受ける当の政治家の側にいかなる引け目があるのか、彼らを相手にする政治家の多くが、大層我慢強くまともに相手をしているのには驚かされる。そしてそれがまた彼らの低劣な取材ぶりを増幅している。

 特定の政治家を立ち話でつかまえて行う取材を「ブラ下ガリ」というが、向こうの勝手でつかまえて行うには大方の質問がひどすぎる。特に目につくのが官邸でのそれで、かつて森総理時代、小渕総理の後継者としての決定が密室的だったということで最初からメディアは意識して小意地の悪い扱いようだったが、ことあるごとに、ごくごく若い記者たちが群がり総理をとり囲んでテープレコーダーを突きつけ、「一体いつ辞めるのか」と繰り返していた。あれはもはや取材ではなしに国民に代わっての (?)うさ晴らしじみたものだった。

 そんな手合いがどこへいくにもぞろぞろつきまとっていて、ある年の正月、昔からある「自由社会研」の新年会に遅れて出向いたら、会場の料亭の玄関口に記者たちがたむろしていた。中の廊下で総理とすれ違い二言三言立ち話して別れたが、会が終わって出てきたらまだいる記者たちが群がってきて、総理と会ったが、どんな話をしたのかと執拗に尋ねる。面倒だから、「話は密談」とつき離したら、「どんな内容の密談ですか」、と真顔で聞き直してきたのにはあきれた。いつかも、同じ森総理を羽田空港に近い開かずの踏切に連れだし、都市再生の手立ての象徴としてこうした致命的な渋滞の解消に国家も関心を持つべきだと建言し総理も同意しその場で予算措置もできたが、引き揚げる途中彼に同行してきた女の記者が近づいてきて、「あの、あそこで総理と一体何を決めたんですか」とまともに尋ねたのには驚いた。 「君はどこの社の誰だ。目的も知らずにここまでただついてきたのか」といったらバツ悪そうにそそくさと姿を消してしまったが。彼らにとっての取材努力なるものがいかなる形であるのか、馬鹿々々しくて想像する気にもならない。

 記者クラブ主催の記者会見といういかにも日本的な特権的閉鎖的な習慣が、彼らの自惚れと怠慢を育ててしまったのだろうが、彼らの上にいる者たちははたしてその実態を承知しているのだろうか。巣立ちもできぬ雛鳥ではあるまいし、記者と名乗ってただ口を開けていれば相手は恐縮し問われたことに必ず答えて餌をくれる、いやくれるべきだと思いこんでいるとするなら、もはや滑稽としかいいようない。

 昔、中川一郎が急死し、仲間で密葬の準備をしている最中に自殺と知って全員ショ ックを受けた折、それを聞きおよんでメディアが私邸に殺到してきた。代表して私に会見をというので拒否したら、先輩の長谷川四郎さんがここは皆のこれからのためにも堪えて付き合ってやれ、というので大雨の中傘をさして門の前まで出かけたら、一 番前に立った当時著名なTという女性のキャスターがマイクをつきつけ、いきなり、 「大変ですねえ、何かひとこと」。私は怒って、「これはそこらの芸能人の結婚式と は違うんだ。わざわざ人を呼び出してそんな質問があるか、帰れっ」と怒鳴りつけた。 それを見て後ろに潜んでいた男の記者たちからまあまともな質問が出たので答えはし たが、昨今なんで大方の男の記者たちはぶら下がりの取材に、いつも小奇麗な女の記者を正面にたててくるのだろうか。

 かつて小選挙区制度に猛反対して党の総務会から出てきたら玄関ホールで記者たちにつかまった。あの時も先頭切った若い女のキャスターがこちらの喉元にマイクを突きつけ、「あなたは守旧派ですねっ!」、と弾劾調で叫ぶ。むかついたから、「お前さんどこの誰かは知らないが、人にものを尋ねるときは社名と名前を名乗ってするのが礼儀だろうに。家で親の育て方が悪いのか、会社の教育が駄目なのかは知らないが」 といってやったら仏頂面でいちおう名乗ったので、もう一度質問を繰り返させ、「君ね、相手を良く見てからものを尋ねろよ、この俺がシキュー派だって。俺は男だよ、 シキューなんてないよ、正確に報道しといてよね」、いささか品が悪かったが茶化してやったら周りは大笑いだったが、件の記者は怒り心頭の様子だった。それくらいし ないとこちらの気持ちも治まらないことが多々ある。

 かと思えばかつての私の「第三国人」発言問題などは記者の功名心というよりも売名衝動で、一般紙の休刊日を狙って他の娯楽紙に、私の発言に無いことまで書き添えてことを煽り立てた結果だった。大災害が首都を襲った際の治安問題については言及はしたが、かつて関東大震災の折の朝鮮人への殺害事件については記者当人が書き添えたもので、「朝日」などそれに踊らされたメディアや特定組織もあったが、記者当人のインターネットでの反石原キャンペーンには冷静な市民から激しい非難が集中し たようで、しまいに身の危険まで感じたのか当人から私あてに、奥さんの身にまで危 険が及びそうだとか、私はあなたが好きになりかけていたのにとかの詫び状まで届いての醜態だった。

 こちらもあの意識的に偏向した報道に正式抗議を準備し手続きをとっていたが、当の記者の個人的詫び状までが揃っては相手社も一方的な非を認め正式に謝罪せぬわけにいかなかった。

 こんな程度のメディアが、国の命運を左右しかねぬ政治の中枢の出来事を、「報道」 と称していじくり回している実態を国民は一体どう承知したらいいのだろうか。これも所詮昨今の教育しつけの荒廃がもたらしたものなのか。

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