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石原慎太郎エッセイ「日本よ」

2003年5月4日発売の産経新聞より転載 
産経新聞社HP http://www.sankei.co.jp/
「核外交というきわどいゲーム」

 かつて議員だった頃外務省のある高官と議論した際、私が外交の神髄とは徹底したゲーム感覚だといったら相手がそれは大層危険な認識で、それに徹すると外交という機能の中から大切な心の問題が疎外されてしまうと咎めた。

 しかし、外交という国益を踏まえた交渉にとって大切な心の問題とは、そも一体何のことなのか。

 人間が行うことである限り何事も心遣い無しにあり得まいが、何よりも必要な心遣 いとは国家の利益をいかに主張し守るかということだろう。

 件の外交官のいう心の問題とは要するに善意とか友情といった美しい範疇の心遣いのことらしいが、彼らが外交交渉の当初から相手にもそれを期待してかかる限り、 むしろそれこそが危ういことに他なるまいに。

 国家間に確保されるべき友情とか善意というのは、一つの交渉が妥結した後にこそかもし出されるものであって、ことの初めからそれを期待してかかるというなら大甘 というよりない。

 日本にとって極めて厄介な、というよりすでにその悪意がさまざまな形で露呈している北朝鮮という国との日本の過去のかかわり方を眺めれば、何よりもそれが証し出されている。

 そして、われわれが過去に外交としては極めて稚拙なやり口で付き合ってきた北朝鮮が、外交において実はいかなる原理、方法をかまえる国であるかは、今回の核保有を巡る彼らのアメリカとの交渉の過程を眺めれば如実にわかる。

 私は数あるゲームの中でポーカーというカードゲームが好きだ。互いの思惑を読み合い、その上で芝居もしてみせ、手持ちの札によってはブラフ(脅し)をかけたり弱気を装ったり、逆にそんな相手に騙されたふりもしたり、相手の心理を探ったりすかしたりするしたたかなゲームだが、何よりも外交の神髄に繋がるところがある。

 北朝鮮の核保有をめぐってアメリカがテーブルにつくまでの経緯と、その後の第一回のアメリカ、中国、北朝鮮三国の会談の内容を眺めていると、それぞれしたたかなポーカー打ちのゲームを眺めるようで興味が尽きない。もちろん北の核は日本にとっ て国の安危にかかわる深刻な問題だが、この交渉をゲーム感覚で眺めなおすと、ポー カーの打ち手の優劣が見え見えで結果は知れているような気がする。

 第一に、北に対してアメリカが手にしているチップ(賭金)は膨大でアメリカは相手のコール(要求)に応えて逆にいくらでも賭金を上げることができるが、北には手持ちのチップにそんな余裕はとてもない。アメリカは十分にそれを見透かしていてわざわざこんなゲームに応じなくとも北朝鮮は間もなく経済は破綻しつくし、あのグロテスクな政権は野垂れ死にすると見越している。

 ただ日本や中国が北との付き合いの中でのそれぞれ「心」の問題にかまけてい、中でも一方的な被害国である日本なぞは当然行うべき経済制裁すら行えずにいる。

 一方、中国の北朝鮮への思惑はその領土の実質支配であって、アメリカはそれを見通して、基本的には北朝鮮の問題を中国に丸投げしてもいいという魂胆でいる。そこが対イラクとは根本的に異なるアメリカのスタンスだ。

 ただその場合、韓国がその民族意識からしてそれを許容できるかどうか。一方韓国の隠された本音は、ドイツのような力量ある国ですら半世紀間低能率な社会主義に飼い慣らされてきた東ドイツを合併したことで被った経済的被害を眺めれば、これから何かのはずみで南北の合併が成立したりした時に自らを襲う経済的打撃を思えば、これは民族意識をも超えた深刻な問題に違いない。

 日本もやがてこの核の、ポーカーゲームに参加を余儀なくされるのだろうが、今はまだ観客の椅子にいる限りこの外交ゲームを冷静に眺める手立てとして、右のことがらは心得ておくべきだろう。

 それにこのゲームの主催者たるアメリカは相手のブラフや恫喝の手の内をとうに把握している。

 が、北朝鮮の核保有の戦略的、戦術的可能性がはたしてどれほどのものなのか、つまり彼らが保有している、あるいは保有しようとしている核兵器やその運搬手段たるミサイル等の性能の詳細正確な情報を、怯えきってアメリカのスカートの陰に潜りこもうとしているパートナーの日本にそっくり伝えることはまずありえない。日本がいたずらに怯えれば怯えるほど、アメリカにとっては都合のいいゲームの相棒たり得るのだから。

 ということも、外交という非情な共同ゲームの原理の一つに他ならない。

 互いに国益をからめて行う外交という勝負の中での唯一絶対の原則はただ一つ、 信じられる者は自分自身しかないということだ。

 それを率直端的にいって憚らなかったのはチャーチルだった。彼は第二次世界大戦 の最中に、英国にとっての仮想敵国があるとすればどことどこかと問われてたとえ今ともに戦っている同盟国であろうとも、英国以外の国はすべて仮想敵国だといってはばからなかった。

 プロと自惚れる日本の外交官が口にしたがる外交における「心」の問題とは、彼らの甘い妄想とは逆に、すべてが不信や猜疑とはいわぬが、あくまでまず国益へのあるべき固執がもたらす他者への怜悧な非情さに他なるまい。

 ということを、例えとしては卑近に過ぎるかもしれないが、ポーカーというゲームになぞらえて今回の北朝鮮の核保有問題のかけひきを眺めなおしてみると、そのえげつないまでのやり口を見るにつけ、しみじみ直截に覚えることができる。

 過去の日本の外交に、その場に積まれたポットの数はたとえ少なかろうとも、勝負の相手が思わずうなって膝を叩くような勝負の例があっただろうか。

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