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国際関係論
二十一世紀の日米関係について

私がアジアとの付き合いを主張し、アメリカにもはっきりものをいうべきだというと、日本国内ですぐにあいつは反米だという声が上がる

 私がアジアとの付き合いを主張し、アメリカにもはっきりものをいうべきだというと、日本国内ですぐにあいつは反米だという声が上がる。私にはこの反米という括り方がきわめて幼稚で卑屈な言い方だとしか思えない。つまり戦後五十年を考えれば、日本にとってアメリカは一種の宗主国だった。
 日本が経済的にも成長して、なんとかアメリカと冷静につきあわなくてはならないときに、それを反米というラベルで論じようというのは、かつて自信喪失をしたときの認識をそのまま引き継いでいるとしかいいようがない。そういう言葉をつかう人は、じつに情けない日本人だと思う。

『亡国の徒に問う』(文藝春秋)

日本がいつまでもアメリカの言いなりになっているということの意味を、日本人は、アジアのためにも深く認識しておかなければならない

 東アジア地域の中で日本が果たしている役割を考えると、日本のアメリカ追随は理不尽なアメリカ外交をアジアに波及させ、アジア経済の成長にブレーキをかけ、世界経済全体の足を引っ張ることになり、即ちアメリカも決して望みはしないはずの世界経済の失速と混乱を招来しかねません。
 日本がいつまでもアメリカの言いなりになっているということの意味を、日本人は、アジアのためにも深く認識しておかなければならないと思う。

『「NO」と言えるアジア』(光文社)

いつの間にか日本は、国家としての意思表示を欠き、世界中のどこからも疎んぜられる「商人国家」に成り下がってしまった

 いつの間にか日本は、国家としての意思表示を欠き、世界中のどこからも疎んぜられる「商人国家」に成り下がってしまった。アメリカの思惑の通りに。いや、表向きは頭を垂れつつも、実利だけはしっかりと確保する商人としてのしたたかさがあればまだいいのですが。しかし円高円安の通貨の問題一つとっても、いつも相手のいい成りに要らざる大損を強いられてきた。まるで、鵜飼の手に操られる鵜のようなものだ。

『亡国の徒に問う』(文藝春秋)

アメリカのむちゃな要求には「NO」と言えばよい

 アメリカのむちゃな要求には「NO」と言えばよい。断固として言ってもアメリカは次の手を考えてくるだろうが、「NO」と言わない限り、アメリカ政府はアメリカの国民向けに、日本は愚図でのろまで言うことを聞かないので、アメリカ経済の足を引っ張るお荷物になっているという反日キャンペーンをいつでも好きなときにやれる。それをまた日本政府への脅迫材料として巧妙な対日カードとして使えるとアメリカは計算している。日本国再生スタートにあたっては、アメリカに対してはっきり「NO」と言うべきは言うことを政府も企業も国民一人一人も肝に銘じることが不可欠の条件と覚悟すべきだ。

『国家意思のある「円」』(光文社)

私たちはアメリカのように勝者至上主義ではない。アメリカがつぶれてしまってよいとは思っていない

 私たちはアメリカのように勝者至上主義ではない。アメリカがつぶれてしまってよいとは思っていない。もちろんアメリカを凌駕する軍事大国になって世界制覇を考えているわけでもない。競い合うこと、そして共栄することが私たちの願いである。それが、多様性を生み出し、世界もバランスのとれたものになっていく。そのためにもいま、日本はアクセルを大胆に踏み込まねばならない。
 そして、アクセルを踏まれ、起動すべき日本のエンジンは、国民そして国家が自らのマネーである「円」に、その意志を反映させることでのみ、真っ赤に燃え上がるのである。

『国家意思のある「円」』(光文社)

 

対中国外交について

今の日本人には中国に妙な原罪意識があるが、まずそれを払拭して中国と対等のゲームを行えばいいのだ

 今の日本人には中国に妙な原罪意識があるが、まずそれを払拭して中国と対等のゲームを行えばいいのだ。ゲームである以上、相手の弱いところを遠慮なく突いていく。中国の弱いところはどこか。経済が発展途上で資本力が脆弱なことです。日本は経済大国なのだから、経済援助などの資金を対中国カードとしてもっとうまく政治的に使うべきなのだ。とくに何の定見もなくばらまかれている今のODAは、中国戦略のもっとも有効な武器になるだろう。

『勝つ日本』(PHP研究所)

中国が日本から経済援助をもらって当たり前という態度の背景には、戦争での侵略への賠償として日本が援助するのは当然だという考え方が見えすいている

 中国が日本から経済援助をもらって当たり前という態度の背景には、戦争での侵略への賠償として日本が援助するのは当然だという考え方が見えすいている。
 中国首脳がいくら日中関係を語っても、経済援助へのお礼の言葉がきかれないところにこのことは如実に表されているのだから、日本人をなめきっているとしかいいようがない。
 日本政府は対中ODAを見直す方針のようだが、今後、水爆保有国で、しかも日本の二十五大都市に核ミサイルの照準を当てていると豪語する中国にはODAは一切出さないことにすべきだ。
 もう贖罪意識にとりつかれた中国に対する土下座外交は正すべき時期にきています。

『勝つ日本』(PHP研究所)

私が恐れるのは、もし日本が誰よりも相手に悔られ、その矛先が最初に尖閣諸島に向けられ日本がそれに屈した時のことである

 いずれにせよ、中国があの滑稽な中華思想に乗って覇権主義を遂行していく間は、アメリカはアジアでの信用を維持しようとするなら、そのきっかけが南沙諸島になるか、あるいは西沙諸島になるか、あるいはまた尖閣諸島になるかは知らぬが世界の警察官を自負する限り対中国の踏み絵を踏まざるを得ないだろう。
 私が恐れるのは、もし日本が誰よりも相手に悔られ、その矛先が最初に尖閣諸島に向けられ日本がそれに屈した時のことである。他の東アジア諸国の動揺は大きく、アメリカが慌ててそれに対応しようとしてもすでに時遅し、中国のアジアにおけるヘゲモニーは容易に確立されるに違いない。
 そして、それがはたしてこの国にとっていい変化か悪しきものかはわからぬが、それを引き金にして日本は高度な技術を駆使した、少なくとも海と空の防衛に関しては強力な効力を備えた新しい形式の軍事国家に変貌するかも知れない。そしてまたそれが他のアジア諸国に対して与える影響も大きなものになるだろう。
 さもなくばこの国は周囲の軽蔑の視線を浴びながら緩慢な亡国への道をたどるだろう。

『亡国の徒に問う』(文藝春秋)

このごろ中国は、沖縄県はもともと中国のものだと言い出した。尖閣諸島にしても、アメリカの占領下にあった時は何も言わなかったのに、日本に返ってきたら、中国は急に居丈高に占有権を言い出した

 このごろ中国は、沖縄県はもともと中国のものだと言い出した。尖閣諸島にしても、アメリカの占領下にあった時は何も言わなかったのに、日本に返ってきたら、中国は急に居丈高に領有権を言い出した。しかも海底油田があるということになると、もう、どんどん領海侵犯している。
 ですから、私たちが言い出して、あそこにささやかな灯台をつくりまして、その後、右翼の連中がお金持ちだから、立派な灯台をつくった。ところが、それを運輸省が海図に載せようと思ったら外務省から、「ちょっと待て、時期尚早だ」と言われた。何が時期尚早なんですか。日本国土に、日本の国民のためだけでなく、その周辺を通る世界の航海者の安全のために灯台をつけたんですよ。それを正式に登録しようと思ったら、日本の外務省が反対するって、信じられない。

『東京の窓から日本を』(文春ネスコ)

 

アジア、その関係と歴史の総括

アジアと日本の関係を考えるとき、いつになってもきまってさきの大戦への謝意の有無が取り沙汰されるのはどうにかならないものだろうか

 アジアと日本の関係を考えるとき、いつになってもきまってさきの大戦への謝意の有無が取り沙汰されるのはどうにかならないものだろうか。
 たとえばベトナム戦争に敗れたアメリカがベトナムに詫びたとは聞いていないし、かつてオランダのベアトリクス女王が初めて来日したとき過去の戦争について総理がひと言陳謝すべきだなどという声が自民党の中にもあったが、女王が来日の道すがら二百年近く支配収奪し数百人の住民を殺したインドネシアに寄って過去を詫びたという話も聞いたことがない。ドイツは第一次大戦で敗戦国になったが、普通の講和条約を締結し賠償を払い、アルザスとロレーヌをフランスに取られたけれども、加えてしきりに謝罪したか? 第二次大戦後ドイツの首相は世界やヨーロッパにナチスの残虐行為は詫びたが、戦争行為そのものについては謝罪もしていない、例をいちいち挙げたらきりがない。

『かくあれ祖国』(光文社)

日本の左翼の連中が今でもしきりにアジアの人たちにかけた迷惑を反省するのもいいが、もう少し歴史の事実の総量を踏まえてものを言ったらいい

 日本の左翼の連中が今でもしきりにアジアの人たちにかけた迷惑を反省するのもいいが、もう少し歴史の事実の総量を踏まえてものを言ったらいい。謝罪、謝罪という言葉の連発に、それを聞かされる側の人々は、かつて欧米宗主国に首根っこを押さえられ「主体的な要因ではなく単に振り回された結果の帰着」として引きずり回されていた過去の自分たちの姿を見いだし、そんな日本人たちがアメリカの占領下での洗脳に晒されたまま、アメリカの家来というか走狗というか、主体のない姿に薄ら寒いものを感じている。
 欧米のアジアにおける過去の残虐が、日本のそれとは質、量ともに比較にならないほど酷かったことを彼らは記憶しているから相対的にものが見えもします。

『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)

私は何も一〇〇パーセント、大東亜戦争を賛美するつもりはありません。あの戦争の発端は、西欧の列強に伍して軍事国家としての日本を維持することにあったことは確かでしょう

 私は何も一〇〇パーセント、大東亜戦争を賛美するつもりはありません。あの戦争の発端は、西欧の列強に伍して軍事国家としての日本を維持することにあったことは確かでしょう。しかし一方で、私は子ども心に、日本人の多くがアジアに対する愛着を持っていることを感じていました。軍歌にある、「東洋平和のためならば、なんで命が惜しかろ」という気持ちですね。それがうまく利用されて、あの戦争の正当化になったということもあるでしょうが、やはり日本人が白人に支配され奴隷化していたアジアの独立を願っていたことは間違いないと思う。

『永遠なれ、日本』(PHP研究所)

たとえば半世紀前のあの太平洋戦争にしても、ただ敗れたがゆえに「日本が悪かった」というような短絡的な見方で片付けるだけでは、物事の本質は一向に見えてはこない

 たとえば半世紀前のあの太平洋戦争にしても、ただ敗れたがゆえに「日本が悪かった」というような短絡的な見方で片づけるだけでは、物事の本質は一向に見えてはこない。  
太平洋戦争は、日本が仕掛けたものであり、引金を引いて東南アジアへ「侵略」した日本にすべての責任があると、戦勝国の欧米諸国にいまだに言われ続け、多くの日本人がそれをそのまま信じている。さらにその上、その責任に対する反省がまだ足りないとまでいわれてもいる。
 しかし、東南アジアの国々がかつての戦争を非難し、日本の再軍国化を危惧してみせる裏の裏のまた裏を読めば、アジアにおけるミリタリー・プレゼンスを維持しておきたいアメリカの戦略の一つの効果であることが見えてくる。にもかかわらず日本人自身が日本人に向かって「もっと反省しよう」「反省が足りない」などと、どこかの国のお先棒をかついだ愚かしいことをやっている。
 あの大戦における日本を全面的に肯定しようと言うのでは決してないが、しかし最近ではアメリカの現代史家の多くが、太平洋戦争はアメリカが仕掛けたものであり、日本は"はめられて"戦争に突入したのだという事実認識をしています。当時、伏せられていた公式文書が最近時効で解禁され、それをふまえてのことです。  

『断固「NO」と言える日本』(光文社)

韓国、台湾、シンガポールなど経済がうまくいっている国々は、日本が戦前に統治したことのあるところばかりです

 韓国、台湾、シンガポールなど経済がうまくいっている国々は、日本が戦前に統治したことのあるところばかりです。
 確かに悪いことをしたことも認めて反省もしなければいけないけれど、いい影響というものを残してきたのも否定できないと思うのです。

『「NO」と言える日本』(光文社)

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