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No.121 東京都 恩顧 16歳
思いつくままコメントさせて頂きますので、
乱文です。ご容赦下さい。
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参拝は当然の事。
あなた達がいたから、今の日本がある。
その感謝を込める聖地に、馬鹿どもに干渉され、自信を無くす日本人も恥ずかしい。
この国では、日本国を思うだけで危険人物扱い。
日本人でいる事が恥ずかしくなるくらい、恥ずかしい。
靖国という事について同志を求める必要もなく、議論、感想も必要無し。
毅然としていればいいだけ。
ただ、日本人全員が普通に靖国に参りに行ける国なれば良いと思っている。
以上
No122 東京都 カンガエル
「靖国に行ってはならん!」こうのたまっているのは他ならぬ中国であるが、それを聞くにつけ毎回浮かぶ言葉がある。「盗人猛々しい」‥まるでこの国の為に生まれた言葉かと思う程だ。よその国の事をあれこれと干渉する前に自国のことを振り返るべきではないのか!それ程「潔癖な国」なのか?捻じ曲げた教育と技術と金を吸い取ることだけはうまい。参拝を他の事に例えてみると“隣のご主人から自分の家族を殺されたとしよう‥その犯人が死刑になり何十年も経ち、その孫達はお墓参りをするだろう”その墓参りを‥被害者の子孫が「行くな!」なんて言えるものだろうか?被害者が自分の家の墓に犯人には来て欲しくないと言うのはあるだろう。しかし‥どちら側も子孫が先祖の墓に参るのは当然であり、それを阻止する権利は誰にもないのではないだろうか?神や仏を他人が干渉するべきでないのは世界中が知っていることなのだから‥。「大国」が聞いて呆れる!
No.123 東京都 パトリオット 23歳
石原知事の靖国を通じた日本に対する思いが、家族の出来事を通じてより細かく伝わってきました。知事の国家観は靖国抜きには絶対に語れないと思いました。ところで私事ではありますが、私には9年前に亡くなった祖父がいました。祖父は生前、私が三重の田舎に行くといつも約2年間戦った支那戦線での武勇伝を当時の部隊の記念写真を見せながら事細かに語ってくれました。さらに、祖父は写真に載っている戦友がいつどこでどのように戦死されたのかまで事細かに教えてくれました。当時の私は戦争というものに関心はあったものの靖国の存在は知りませんでした。しかし、祖父の死後、親から聞いた話によると、祖父は生前上京すると必ず靖国に参拝してたそうです。祖父が亡くなった今、私に出来ることは彼ら戦友の名誉を守るために、彼らの眠る靖国に参拝することだと思います。終戦60年の今年、8月15日祖父に代わって靖国に参ります。
No.124 青森県 佐々木 寛 45歳
靖国神社が、国の為に殉じた者達を神として祀り、それを崇敬する者が何人(首相)であろうと存在する時、その祭神および崇敬行為を政治的に阻止しようとするのは、政治による宗教への不当な介入となる。この場合、日本政府は、日本国憲法の信教の自由に照らして、国内外(中国政府等)からの不当な干渉に対しては、明確に反対しなければならない。それは、かつてローマによって犯罪者として刑死させられたイエスを、神の子として崇拝する者に対してと同様、日本政府が、その信教の自由を保障しなければならないことと同列なのである。また、この問題に関連して公費の支出が、時に問題になるが、実際には、どの国でも、宗教国の元首クラスの葬儀(特定宗教儀式)等には、国費を支出して政府要人(首相等)が参列しているのである。それは、日本も同様である。このように、儀礼の範囲での公費の妥当な額の支出は、常識的に認められなければならないものと考える。
No.125 千葉県 晋光 清 58歳
私は親類縁者に、記憶される“戦死者”を持たない。在所に戦禍の痕が無く、戦後生まれである。故に戦争への気持ちの関わりが薄い。東北の片田舎で地勢的にも「靖国」とは遠く在った。その存在を知得したは、所謂戦後歌謡によってである。禁忌すべき何ものもなく、素直に日本人の心根を聞き、得心した。将に“真理が俗言で語られ”た思いである。
明治人であった父は、神仏を敬うに真摯だった。殊更に仕来たりに満ちた“歳の祭事”を、丁寧にこなした。祀り、弔い、拝む以外に神仏を敬う方法を私は知らない。その父が生前、祭事の折り々に言っていた“時節に時々の事が為されないのは、その家が狂っているから・・”の言に拠るなら、靖国参拝が問題視され不参拝の作意を強いられている現今、国が狂いだしている事になる。その意味合いに於いて靖国は“国の視座”であり、良質なるものの粋の集約と云うその原義における日本の“コモンセンス”である。
No.126 東京都 石原閣下 20歳
私が靖国神社を初めて参拝したのは、桜が満開の4月頃であった。私が参内で祈ったのは、”戦犯”等の連合国が勝手に作り上げた汚名を一切無視し、日本が関わった戦争によって亡くなられた方々が安らかに眠ることでした。俗にA級戦犯と呼ばれ、靖国に眠る七名の中の松井石根陸軍大将は日中戦争時の南京大虐殺の責任を取らされ絞首刑となったが、松井大将は1940年に興亜観音を日中両軍の戦没者を奉るため建てられた。これらの靖国に奉られている七士は戦争を防ごう必死に生きた人物達なのです。日本軍は武士道精神に従って、前線でも他の国の軍とは違い敵国の戦死者も奉っていました。従って靖国神社は清廉潔白な武士道精神の象徴と言っても過言ではないのです。つまり日本人国民は武士道精神を守り亡くなられた方々を慰めるため、靖国神社を参拝する必要があるのです。
No.127 岡山県 荒木徹 66歳
日本国首相は当然8月15日に靖国神社参拝すべきだ。私の父は徴兵軍医で、昭和19年12月フィリピンで戦死した。母26才、私5才、妹0才の時である。どこの国でも、戦死者を祀るモニュメントがあり、記念日には元首・首相が参拝し国の記念行事が行われる。国のために戦い国の礎になった兵士を慰霊し、歴史を心にとどめ、次世代へ語り継ぐためだ。記念日に限らず、他国からの国賓は花束を持って参拝するのが儀礼だ。A級戦犯の合祀には、私自身割切れぬ気持がある。しかし、中国・韓国から首相の参拝を云々されるのは明らかに内政干渉だ。各国には各々独自の文化があり、歴史と文化に基づいた宗教・宗教観がある。河野洋平、加藤紘一、古賀誠、外務省などチャイナ・チルドレンは国賊だ。中国・韓国との戦後処理は済んでいる。わが国の戦没者への哀悼、正確な歴史教育、残留孤児の救済等にこそ意を注ぐべきだ、と私は思う。
No.128 山口県 千坊山 74歳
a級戦犯の為に新しい寺院を建立して供養してはどうでしょうか。合祀取り下げに反対の意見がありますが、新寺院を建立して供養するのなら納得して貰えるのではないでしょうか。靖国神社には、日本のキリスト教徒や、戦後日本人でなくなった台湾、朝鮮半島の出身者までが祀られて合祀取り下げを求めています。頼みもしないのに勝手に永遠に神として祀るなど、こんな迷惑な話はありません。昭和天皇の戦争責任について「戦争を止めることができたのだから、開戦を阻止することもできた筈だ」というのがありました。同様に、合祀を始めたのなら、取り下げも出来るのではないか。これが実現したら将来に亘って靖国問題は解決します。費用は寄付を募ればいい.新追悼施設が提案されていますが、現在の靖国の英霊はどうなるのか等、具体的な将来像は誰も語りません.恐らくウドン屋の釜「湯だけ(言うだけ)」に終わるのでは。
No.129 広島県 奥中 正之 74歳
石原慎太郎氏のエッセイ『日本よ 国家存亡の分岐点』を拝読しました。「中国のいい分に屈して靖国神社参拝を取り止めるか否かを総理が決断することは、国家存亡の分岐点である」とのご指摘!我々日本人が共有しなければならない危機意識であります。中国共産党はその権力体制の維持を賭けて「歴史カード」を日本に対して切っているのであり、その「カード」の一枚が目下のところ「靖国」なのでありましょう。「靖国問題」は純粋な国内問題ではなく、国の存亡を賭けた外交戦における攻防の拠点であるとの認識を私たちは持たなければなりません。国内での論争は水際までに止め、中国に対して私たちは一枚岩にならなければなりませ。対中国外交の経緯を考えると、ここでさらに譲れば日本は「死に体」に追い込まれる危険性が極めて高いと考えるべきでしょう。「国内論争」と「外交論戦」とを、そして「社交」と「外交」とを峻別すべきであります。以上
No.130 神奈川県 吉井 将人 65歳
旧日本軍将兵は、自分が戦地で死亡した場合、靖国神社に祀られ、無縁仏にはならないとの「安心」のもとに出征していった。これに対し、わが国の代表である総理大臣が、靖国神社に参拝し、戊辰戦争以来大東亜戦争にいたる国に殉じた二百四十六万六千余柱の英霊に鎮魂の誠をささげるのは当然の義務である。
中国、韓国政府は、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることがけしからんとして、わが国の首相が参拝するのに待ったをかけている。これは中韓国民の心情を逆なでするなどといった次元のものではなく、わが国の首相の参拝を取りやめさせることができれば、自分の国益に沿うわけで、そのカードに使っているに過ぎない。
ここで引き下がったら、わが国は中国の属国への道を転がり落ちることになろう(それが中国の狙いである)。
小泉首相には必ず8月15日に靖国神社に参拝していただきたい。
No.131 福岡県 矢追 寛 63歳
最近の林家木久蔵の「戦後芸能史」を聞きましたか。
CD:「北朝鮮のTVになんだかカンカンに怒ったおばさんがでてきて・・・」と。木久蔵はあの連中をまともに正面で受けてはいけない、さらりといなすのが一番と言ってるみたいです。昔、中国大陸で日本軍は敗けたわけではない。朝鮮でもしかり。中国韓国はいわゆる「東京裁判」での「戦勝国」ですらない。(東工大橋爪教授)「歴史問題」などという汚いぼろぞうきんを口にくわえて執拗に振り回すのは、「抗日」のスタンスでしか自己の存在を説明できない政府の哀れな姿だろう。近代史を通覧してみれば、日本の先人達は白色人のアジア植民地化の意図をつとに察知し民主主義を取り入れ富国強兵にはげみ、アジアと日本を守った。日本は何故かくも正しかったのか。それは正統性を重んじる民族が正統性に拠ってたち、それに殉じたたからだ。ご近所の鳥なき郷のコウモリを嗤うべし。
No.132 東京都 大野敦史 21歳
今、靖国神社参拝という国家の基盤にかかわる問題が日本中で論議となっている。隣の大国シナとコリアは、靖国は軍国主義の象徴だとか、A級戦犯が祭られているから参拝ダメだとして外交問題にしている。だが、靖国は国家のために殉じた先祖あるいは先人たちが祭られているところである。その国家のために亡くなった人を敬うことは当然であり、そういう行為は世界の普遍的な価値観である。この行為を否定するシナは無教養であり、野蛮ではないか。しかし、私が許せないのが、シナに同調して小泉さんや保守的な政治家を批判する卑怯なマスコミ、親中派の政治家である。彼らは果たして日本人なのか。自分らがいまあるのは、靖国に眠る先人の方々ではないのか。靖国参拝を批判する人間は先祖を否定し、それは自分の存在を否定することになる。日本を愛し、尊ぶのなら靖国に行くべきであろう。
No.133 埼玉県 小春 麗 38歳
日本人は何を支えに21世紀を生きていけばいいのだろうか。
「原理主義」なるものが跋扈する今世紀初頭に於いて、それに対応せざる支柱を有しない日本に不安が募る。また、何の思考も持たずに豊かな生活を送れる事に不気味さを感ずる。
武道はその不安から脱する為の先人達の知恵の一つではないかと思う。
そして神社に対する精神も、それに似た日本特有のものではないかと思う。なかでも靖国神社は日本人の誰もが血縁を持つ英霊が祀られている稀な神社である。
政治のイデオロギーとは無関係に、日本民族の支柱として靖国神社を考えるべき時だと思う。もちろん、他国の干渉など論外である。
ファシズムや軍国主義とは違う、凛とした日本人の心で靖国に接するのである。靖国の英霊に背中を支えてもらう事は、21世紀を生き抜く日本の術の一つであり、また英霊達も笑顔で応えてくれるのではないかと思う。
No.134 広島県 木公永矢口也 19歳
靖国にはA級戦犯が祀られているから首相の参拝はいけない、などという次元の低い話にはもううんざりである。小泉首相は靖国参拝に関して「二度と戦争のないよう、不戦の誓いのため…」と言う。なるほど立派なことを言っているようだが果たしてそうだろうか?不戦の誓いならば終戦記念式典でいいではないか。靖国に祀られている英霊方は決して不戦のために命を捧げたのではない。愛する家族、友達、故郷、そして祖国日本のために死んでいったのだ。彼らは自分は見ることのない未来の日本を思い、命を捧げたのであり、石原都知事も述べているように過去、現在、未来と垂直に貫く価値観を何よりも大切にした。つまり今生きる我々のために死んでいったのだ。であるならば、靖国参拝に際しては彼らに「ありがとう」という感謝の気持ちを持ち、「我々も日本に危急存亡の秋あらば英霊に続き命を投げ出す覚悟である」という誓いをたてるのが当然のことではなかろうか。
No.135 静岡県 久能山花子
私たち戦後生まれの殆どは、石原氏が記述した事、つまり靖国が昔も今も日本人の心の拠所として大変重要な役割を果たしているという事実を知らない。というよりは、その事実を知る権利すら与えられなかった。ゆえに、私たちは日本人としてのアイデンティティすら失っている。だからそれを取り戻すためにも、まず私は靖国がどのように日本人の拠所となってきたのかをもっと知りたい。そしてこれからも靖国が「日本人にとってとても大事な心の拠所」であるために自分が何をすればいいのかを真剣に考えたい。
No.136 チャイナ 東海砂一 55歳
「日本叩きの目的は世界戦略の重要な関所の一つである」
何故、毎日チャイナの新聞は日本敵視の報道を繰り返すのかとあるチャイニーズは疑問を持つ。つまり、何か目的をもっているにようだと感じている。そうなのだ。日本叩きは本当に各所に効果絶大。「国内の悪い問題を覆い隠せる」「日本を台湾問題に口を挟まないようにさせる」「エネルギー獲得戦争に勝利する為」「アジアでは中国がリーダーであることを内外に認めさせること」(特に東南アジアを黙らせる)「日本の政治的地位や権力を国際社会で認めさせないこと」「反日は唯一国内を団結させることが出来る政治アイテム」「日本叩きで朝鮮半島をチャイナに近づけて覇権のチャンスを窺う」「同盟国ロシアにもチャイナの強い意思を見せる効果」そして、最後に「アメリカをチャイナとのテーブルにつかせること」先ず、中華料理の魅力に引き込み同格のパートナーにすることだ。
No.137 千葉県 ガッツ 31歳
私は、西洋と日本との最大の文化の違いを「死生観」に見ることが出来ると思っている。ルース・ベネディクトは、著書「菊と刀」の中で、「彼等(日本人)は、死んだつもりになって生きる人間を非常に高く評価する。(中略)西洋人は死んだつもりになって生きるを文字通り訳すと『生ける屍』であり、死とは敗北で、死の尊厳を重んじるのは日本人の特有の文化である。」としている。
日本人には、死してなお守るべきものがあり、死とは決して敗北ではない。西洋かぶれの「自由主義」、「個人主義」に流され、この特有の文化を理解しようとしないならば、「葉隠」も「軍人勅諭」も単なる人命軽視の「死の教科書」にしか映らないであろう。石原氏の「国家存亡の分岐点」には、まさに根底にこの「死生観」があり、この高貴かつ美しい精神を、唯一継承できるのは、「靖国」であると私は思っている。
No.138 カナダ 土屋能男 75歳
日本よ普通の国になろう
普通の国とは、国民は祖国を愛し、自分の国は自分で守る。国土領海に他国を侵略させない。国歌国旗を大切にする。文化歴史を誇る教育を子供達にほどこす。内政干渉は排除する。日本は戦後あまりにも普通でなかった。外国にむけ異常に卑下し元首、総理、大臣、が何遍でも繰り返し過去のいわゆる過ちを謝った。相手は単に外交手段としているにすぎないのに。かっての大英帝国は四海に植民地を築き他民族を長年月支配した。そうしてそれを謝ったか。ロシヤは、ドイツは、フランスは?日本は憲法第九条で軍備を放棄し米国に守ってもらっている。九条がそれほど良いものなら他の普通の国は何故それを見習はないのか。普通の国では国のために命を捧げた人々を敬い元首以下全国民が詣でる。靖国は国のために命を捧げた人の社である。いわゆるA級戦犯は戦勝国の理論であり日本の戦犯ではない。それを理解するのが普通の国の国民である。
No.139 チャイナ 東海砂一 55歳
タイムスリップしたインカ帝国・メソポタミア文明と同じチャイナ文明。
中華帝国は独裁体制の古代国家。今も時間の進み方が異なる。全てのチャイニーズは西暦でなく農暦で動くから西欧文明は全て圏外。西洋医学に対して東洋医学(中医)。四大発明は文明の発祥地を自認。紅茶もワインも家元。融通の利かない象形・甲骨文字の漢字文明は皇帝文化を支え独自の封建社会の形成と理由付けに加担。暇さえあれば老若男女誰もが場所や時を構わずマージャン・ポーカーに夢中。風水を重視。迷信を信ずる。テレビや新聞は決して客観的事実や真実を放送することはない。支配者の意向でのみ放送されチャイナの一方的美的価値観でしか表現されない。ミサイルは中華文明の勇気と誇りには不可欠。博打を愛し演技を好み妄想と狂言に満ちたチャイニーズのヒステリックが他の文明に譲れない所以だ。
No.140 チャイナ 東海砂一 55歳
靖国問題で日本人は決して笑ったり軽視したり無関心に油断をしてはならない。
歴史は繰り返しそして、躍動する。新たな現代社会はインド文明も中華文明も雄叫びをあげて始まる。文明は衝突する運命にある。外は妄想と狂言に満ち野獣と猛獣が闊歩する。
国家対国家は戦争の関係である。平和など存在しない。故に他国の癖と戦略には絶えず目を配り常時より怠らず備え、ディフェンスの為の攻撃をしなければならない。戦いは勇敢でなければならない。ゲリラ・スパイ・情報操作・策略謀略・誘拐囮・偽装偽造・褒め殺し恐喝・詐欺強盗略奪・アトミック・細菌サリン・サーズ疫病・ハッカーありとあらゆる犯罪が凝縮され手段を選ばずあらゆる武器を使用する。そして国威民族発揚の環境をあらゆる機会を捉えて教育宣伝することを忘れない。日本の行動は能動的で積極的で冷徹な分析と読みと戦略を磨かなければならない。
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