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No.41 奈良県 上村 誠 32歳

国家滅亡の分岐点とは常識の変化した時期の例えなのだろうか、国の敗戦でそれまでの常識は塗り替えられ現在が存在する。まさに常識と真理は別であり真理はいつの時代にも正しく不変であり常識は常に変化する。そして意識の存在を数式で表せない限り靖国参拝を常識の観点で解答出来はしないだろう。総理には常識の国益に囚われる事無く判断して頂きたい。他人の背中に指をさす者(国)に何が出来ようか、偉人達は後ろ指をさされても信じた道を歩き名を残すものだろうし、繁栄とは知的・経済的・精神的の三点を結ぶデルタバランスだろうと思う。今、国家の繁栄を目指すなら摩擦は生じるが我々の考えをハッキリ示す時期なのだろう。分岐点での難問は決断力がモノをいう。決断すれば一つの道を歩けばいい。この国はまだ腐ってはいないし大きな力があるからその価値はある。


No.42 広島県 帝国軍人霊魂,下界監視所  69歳

家族,恋人を愛しながらも国家の為に止む無く戦場に散って行った戦士達の御霊が靖国神社には眠る,日本人にとっては慰霊の場所であり,心の誓いの場所でもある,この崇高なる聖域を何人たりとも侵してはならないし,犯させてはならない,増してや中国政府や韓国政府が内政干渉など
出来る筈もないのである,A級もB級も無い祀られる御霊
は聖域にあり,次元の低い人間達の駆け引きや利害の為に
立ち入る事は出来ないのであり,日本人の心の砦である
靖国に触れる事は1億2千万の日本人と対決する覚悟が
必要なのである,


No.43 千葉県 西原借款  40歳

私は九州出身で、靖国神社からは遠い。しかし特攻隊出身でありながら終戦で飛べなかった父親がいた。東京に就職して「お花見」で靖国神社に初めて行った時、私が関東出身の彼女に「お参りしよう」と言ったら、「身内には戦争で死んだ人が居ないから」と言った。
俺だって身内には戦死者はいない。別の日、映画を観にいく事になって封切りしたばかりの「パールハーバーに行きたい」と言われたが、私には有り得ない話だったので断った。「アジアの小国の奇襲攻撃に対して勇敢に戦ったアメリカ人が居た」そんな内容の映画を日本で普通に公開している方が不思議だった。しかも同時期に、米国の原潜の急浮上ショーが日本の高校生の研修船を沈没させ、多くの若い命が散った直後だった。戦死した方々は他国を侵略するために戦った訳ではない。母国を守るのが使命だったはず。平和ボケした日本政府は、国防のために戦った人も「侵略者」として認めてしまうのか。


No.44 千葉県 西原借款 40歳

マスメディアは言葉を作る。「靖国神社参拝問題」「教科書問題」別に「問題」ではないのに。マスメディアがもし間違った認識で出版物を販売すれば、大多数の人が「間違った認識」を植え付けられてしまう。「記者魂」とは犯罪に遭った被害者家族をさらけ者にするためにしか、弱いもの虐めにしか、自社の利益のためにしか、デバ亀三面記事のゴシップ取材にしか使えないのか。近隣諸国が「首相の靖国参拝」に反対していても、自国の利益を優先して、一般市民に必要が無ければ伝えなければ良い。いちゃもんを付けて来る国の批判はしないで自国の首相を貶している。戦敗国が戦勝国を批判するのはありえる話で仕方が無い部分もあると思う。その国の秩序維持という事もあるのだから。内政干渉の厳密な境目は分からないが、「相手にしない」ことも手段であると思う。
「五十鈴川清き流れのすえ汲みて心を洗え秋津島人」


No.45 埼玉県 なごしょ 24歳

大体我々日本国民が、自国の犠牲になった者に対する感情に、何故、他国の干渉を受けなければならないのか?中韓などは、靖国参拝により、過去の歴史を正当化していると主張するが、正当化ではない。当然なのだ。あの時代、搾取される者と搾取される者との区別が顕著でだった。自国の繁栄させる為に我々は、搾取回ろうとしたのだ。それは、アジアの歴史にも極めて大きな意味をもった。あの戦争が起因となり、アジアはアングロサクソンからの、独立を果たしたのだ。首相や、責任のある立場の人が他国を気遣い言えないのであれば、私はこう叫びたい。
我々はあの戦争を正当なものと考えている。その上で、ナショナリズムの中で、自他国共に、犠牲になった方々、取り分け自国の犠牲になった方々に哀悼の誠を捧げ、英霊の犠牲の上に成り立つ平和を慈しみ、感謝し、不戦の誓いをするのだ。加害者、被害者で区別出来るものでは、決して無いのだ。


No.46 静岡県 丘の上 62歳

己が憎しみを、墓をあばいてまで死者にぶっつける、このような国とは死生観が異なるので理解できない。第一、墓や遺体をいくらなぶっても、死者に痛痒感は無いのだから、憎しみを晴らす役には立たないと思うのだが。
  かってアジア諸国に多大な迷惑をかけ、誤りもせず、再び軍国主義復活を目論んでいる。怪しからん、と。
しかし実際の目的は、ケチをつけ、いちゃもんをつけることで、我国の勢いをくじくことにある。
  アジアの中でも、中・韓・北と華僑7割占めるシンガポール位いの国々が言っているに過ぎず、バンドン(インドネシア)会議では、我国には『感謝している』との言葉があったではないか。大人の国々は冷静に見ている。中国に攻め込まれた経験のある国々も内心はクールだろう。
  反日が目に余れば、中小企業は国内に回帰すべきだ。国内の労働力や工場用地を活用すれば、教育も景気も、実力を取り戻せるではないか。


No.47 一人の日本人 15歳

靖国は私を捨て公のために命を捧げた先人を祭祀する場所であり、大和民族の聖地でありかつ心の故郷でもある。靖国に祀られている先人を参拝したとき、私は国家のため露ほどの役にも立てていない自分を省みて面目の無い気持ちとなる。日本の繁栄はご先祖の尊い献身と犠牲によって
生み出されたものであり、もし靖国を蔑ろにする人間がいるのならば、日本人たる資格はない。祭祀されているご先祖は国民の大恩人であり、支那韓国の誹謗中傷をうけて、東条英機前首相をはじめとする人々を分祀することで安易な妥協をはかろうとする政治家等は売国奴であり、これまた日本人たる資格を有しない。そのような人間は大陸にわたって支那共産党に召使として仕えたらどうかと思う。国民の元首たるべき天皇陛下以下内閣の全員が終戦記念日に毎年靖国神社を参拝し、諸霊の冥福を祈る。その日が来ることを私は心から望んでいる。


No.48 福井県 ファルコン  13歳

 現在支那・韓国は靖国への首相参拝中止を求めている、理由は周知の通りA級戦犯が合祀されているからである、しかし、戦犯を裁いた裁判は、アメリカなどの主導で、きわめて一方的に進められた、しかし、東京裁判の裁判長のインドのネルー判事は、「国家が交戦権を有している以上、戦争は犯罪ではない」と言っている、また、以前にブッシュ大統領が来日した際、靖国神社に参拝することをアメリカ側から打診されたようだが、日本側は拒否した。東京裁判の実質的な開催者はアメリカである。そのアメリカ大統領がA級戦犯が祀られている神社に行くことを希望しているのである、そのときに日本側は拒否した、もしもそれを受け入れていたなら、靖国神社は世界にも受け入れられる神社となり、中韓も容易には手出しできなかっただろう。


No.49 中国 大内 79歳

靖国神社に日本の首相が参拝して何が悪い。私人・公人の別なく、春秋の例大祭に参拝すべきだ。敗戦記念日に参拝するのも意義があるだろうが、兎に角 日にちをずらすことなく、堂々と参拝すべきである。中韓の雑音を気にすることはない。


No.50 奈良県 お寿司盛り合わせ 19歳

私たちは靖国に祀られている神々の生前の行為を評価する前に、彼らは魂と血でもって国家を支えてきた人々なのだということを理解するべきである。今の日本があるのはマッカーサーや米国のお陰でなく、彼らの魂の礎のお陰なのだ。私たちは今まで「面倒臭いものには蓋」と、靖国に祀られている、特に第二次大戦の戦死者の存在をうやむやにしていなかっただろうか。日本がそのような態度であるから、いつまでも中韓につけこまれるのである。変えるべきは何故彼らが靖国に祀られているのかを明確にしていない日本の教育である。これが為に、経済面では世界に胸を張っている日本人が、歴史や政治に対しては何かしらの負い目を感じるのである。現代日本をつくりあげた人々の信念を日本の教育で学ぶべきだ。それを学んだ上で靖国を見極める。他国から自国の歴史を振り返る国など、どこにあるのだ。参拝問題が浮上している今が、国民が靖国を知るチャンスである。


No.51 静岡県 富田淳也 15歳

大東亜戦争が自存自衛の戦争であった事は疑う余地はない。また、東京裁判は連合国による単なる報復劇で不当なものであった事も同時に疑う余地はない。その報復劇の中で戦犯なる悪意に満ちたレッテルを貼られた方も大勢いる。
そんな一方的なレッテルを槍玉に上げて分祀せよ、靖国参拝を中止せよなどと言う人が中韓のみならず、一部の日本人にも見られることは非常に残念でならない。
私は高校一年生だが、今年初めて靖国に参拝する。
予てから靖国参拝は一つの夢であったが中々東京に行く機会もなく、終戦60年目の今年にようやく実現するに至った。
参拝にあたっては英霊に最大限の感謝の意を伝えると共に、戦後、一部の魂を失った大人達が壊してきた日本を我々の代が再建する。
そして靖国を守り、英霊を守り、皆様がそうされたように命に代えてでもこの美しき祖国を守る、と誓うつもりだ。
60回目の終戦記念日が近づく。
日本はこれからだ。


No.52 静岡県 ふじかわ 35歳

小泉総理の8月15日靖国神社公式参拝は、いろんな意味があるが、自国のことは、自国で決めるという、国の意志を明確に示すという意味で、私には重要である。それによって私は、日本はまだ死んでいないと確認することが出来、辛うじてこの国をまだ信じていこうと思うことが出来る。そして、またここから未来へ向かっての日本の進むべき指針がおぼろげながら見えてくれば、私は、迷わず毎日を家族のため日本のため働こうと思う。そうすることが先祖への供養であり、私の子孫へしてやれることなのではないかと思っている。私は期待している、小泉総理の8月15日靖国神社公式参拝を。


No.53 東京都 大塚浩 42歳

もうすぐ大東亜戦争の終戦記念日が訪れますが、蝉が鳴くこの頃になると靖国神社の事を深く考究する自分があります。213万人余柱の大東亜戦争の英霊に対する哀悼の意と感謝する日でもありますが、せめて年一回でも終戦記念日に現代の繁栄した日本の礎となった英霊達に哀悼の意と感謝をこめて、英霊達の事を偲ぶ事が大切ではなかろうか。靖国についての問題をナショナリズムの観点から論ずると各々の国がお互いにぶつかりあうだけで、何の解決策にもつながらないのではなかろうか。当方は決して戦争賛成論者ではないが、日本国の専守防衛の為に日夜努力している自衛隊に対しては尊敬の念を抱きます。決して国権の発動する戦争は避けなければいけないが、いったん緩急あれば自らの国は自らで守るという意気込みを日本人全員がもつべきではなかろうか。


No.54 KEN 23歳

神風特攻隊という言葉を小学生の頃初めて耳にした。当時の自分には「なんて野蛮なことをするやつがいるんだ」と感じられた。その後高校生の頃に本で特攻隊の若者の思いを知った。彼らは当時の日本ではエリートで、自分達の死が戦争の勝利につながるものではないということを知っていた。ただ彼らは自分達の死は決して無駄死にではなくその後の講和条件、そしてその後の日本人の魂にもつながると考えていた。小学生の頃そういった彼らの思いを教えられた記憶はあまりない。彼らの魂が眠る靖国を現在まで近隣諸国との関係という言葉で避けてきた日本をどう思っていただろうか。ぜひ公式参拝を実現させてもらいたい。


No.55 東京都 コーレーグースー 35歳

我々日本人は、戦前において、韓国、中国に対し、加害者であったことは否めないと思う。しかしそれを、A級戦犯の方々だけの責任にしてしまうのは、恥ずかしいことだと思うのです。我々は先代からの負の遺産を、みんなで背負わなければならない。だから、A級戦犯だけ別にしてハイOKとか、言わずもがな、靖国への参拝をやめたから日韓中友好マンセー!とはなってはいけないと思う。相手方がなんと言ってこようと、自分たちのやり方で先代を鎮魂し、また、世界平和を構築していかなければ、なくなった200万の方々に顔向けできない。


No.56 兵庫県 アキ 19歳

 石原氏のエッセイの中で、特攻は自己犠牲を厭わぬストイシズムと勇気、とあった。確かにそれは自己の犠牲を対価にした防衛手段であり、遂行した彼らに心から敬意を示すとともに、酷く残念な気持ちを抱く。
  誓って言うが、所謂左と称される思想は持ち合わせていない。祖父は特攻隊員であり、海軍のパイロットであった。誇りを抱いている。
  自分が残念に思うのは、それだけの強い信念と、命を犠牲にする葛藤に打ち勝った心根が失われたことだ。彼らが築くはずだった数々の未来だ。
  『靖国』とは、つまる所彼らが眠る場所なのだと思う。静かに生き、良い本を読み、穏やかな音楽を聴き、優しい誰かと出会う機会を永遠に犠牲として一掴み、平穏への手綱を手繰り寄せた、その帰結する場所だと思うのである。
  静かに眠るべき恩人が脅かされる時、立ち上がらなければならないのは誰か、言うまでもない。


No.57 ウクライナ 志村 伊織 26歳

 私はウクライナのキエフにウクライナ史の研究させていただいております。旧ソ連の対ナチ戦争の戦勝記念日は5月になり、連日テレビは対ナチ戦ついて放送し、パレードがあり、戦勝一色になる。そして、ファシスト・ナチスドイツがソ連国民対して行なったことが繰り返し伝えられる。
  私の目で見れば、連日の戦勝お祭り騒ぎは、ソビエト政府が自国民に行なった虐殺行為を覆い隠すために、「外に敵」を作り、自国民を欺いているにすぎない。自国にために戦って散った魂を政治利用しているだけだ。 しかし、靖国に祭られている英霊は政治利用もされず、感謝の気持ちとともに「日本のために散った先輩方」が祭られている。
  小泉総理の靖国参拝に対する中国の政治干渉は、「魂」をも政治利用する野蛮感覚から生まれたももだ。もし中国政府に屈して、小泉総理が靖国参拝を取りやめたならば、中国と日本の力関係が崩れるときに違いない。


No.58 Australia GREEN LEAF 17歳

「離れ離れに散ろうとも花の都の靖国神社同じ梢に咲いて会おう」とは太平洋戦争中の日本兵たちを歌った軍歌の一つで、彼らの心情を特に深く如実に語った「同期の桜」の一部である。靖国神社はこうして勇敢に戦い戦死していった我々の誇るべき先祖達の魂が眠る場所である。当時の日本軍による南方作戦、母国から遠く離れた異国の地での攻防戦における苦痛と友を失い行くむなしさを、現代に生きる我々の一体誰が想像しえただろうか。日々常に死と隣り合わせの戦いを繰り広げながらも祖国の為に散った彼らを我々はどうして祭り、称えて拝めずにいられるだろうか。彼らは自らに死を賜ろうともその大和魂に満ちた日本人としての誇りにかけて果敢に戦った。私は彼らの子孫であることを誇り、彼らの死をもって自らに与えられた生に日々感謝する。花の都の靖国神社。そこは現代に生きる我々全ての日本人にその誇り高き名誉を与えてくれた先祖達の祭られた都なのである。


No.59 新潟県 乾 電池 26歳

古来日本では、死者は生前の罪を祓われ安らかに祀られると考えてきた。
簡単に言えば、死者に罪は問わないのだ。
その上で「靖国」だ。そもそも靖国神社は「国を想い斃れた霊を祀る」所である。
そこには日本人も中国人も朝鮮人も関係ない。各々の国を想い斃れた者全てが祀られている。
戦争を美化したり、正当化するものでは断じてない。
むしろ私たちが、感謝と、過ちを繰り返さないことを誓う場であるはずだ。
昨今の中国、韓国等の盲目的批判によって、私たちはこの事を忘れてはいまいか。
戦犯とされた者達が祀られているかもしれない。しかし死者を罵って何になろう。
石原氏は、小泉総理の参拝こそ、「靖国」が今後の日本にとってどのような意味を持つかを
大きく決める時であると言われたが、それだけではない。
先に述べた「靖国」の精神こそを、先ず国民に、そして世界に伝える義務を
小泉総理は背負っているのではないだろうか。


No.60 京都府 ろうまいか 60歳

8月15日早朝靖国神社、今日は神社の神さんの薮入りの日で出かける神たちでごったがえしている、セピア色した風景の内にモノクロの人たちが三々五々出掛けて行く風景の中に突然色彩の空気が流れ数台の車が止まる、カラーの境内を変人小泉首相が各大臣を引き連れて玉砂利を進んでいくのをセピア色の景色がかぶる、モノクロの人たちのなかに透明に近い1団がいるA級戦犯といわれる神たちであるいつでも移動できるよう待機しているのだが今日は特別の日であり神社の神さんから非難されたり暴言を吐かれたり大変な終戦記念日のセピア色の世界の出来事である。

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