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No.1 神奈川県 あじしお 34歳
今般の米国産牛肉の輸入停止問題だが、これ程までに戦後民主主義の歪みを露呈した事象もなかろう。
なぜなら、世界でも希有な平和ボケ国家が、世界で最も優れた危機管理能力を備えた国に対し「おたくの危機管理はなっとらん」とイチャモンをつけているからだ。
これが、喜劇でなくて一体なんであろうか?
数百名の自国民が拉致され、その所在もわかっていながらなんら対策を講じない国が、BSEといった途端に危機管理を前面に押し出す様は論理的に説明できまい。
そして、国民はBSEなどどこ吹く風で牛丼屋に列を成している。
なんという倒錯ぶりだろうか。
この不況下において、今回の米国産牛肉の輸入停止は必ずや外食・食肉産業の業績に影響を与えるであろう。
果たして、国の危機管理に論理的思考はあるのか?
No.2 東京都 かしこ 52歳
<肉食をやめて日本型の食に戻ろう>
肉食中心のアメリカは、ガンや生活習慣病による病人が増加して、医療費削減の方策としてサプリメントを病院で処方するようになった。しかし、サプリメントを摂っていれば、健康になると誤解している若い人がいる。
戦後、欧米の食事、特に肉食が日本に入り、日本人も肉を食べるようになって、ガン、心筋梗塞などの病気が増加した。
アメリカは、ハンバーガーで世界を席巻し、肉食を広めた。その結果、病人を増やし、医者を儲けさせただけだった。
無農薬の野菜と胚芽が含まれている玄米食はダイエット効果や生活習慣病の予防、さらには、病気の治癒にも効果が期待できる。
私は脳梗塞になったが、薬は捨てて、玄米根菜食と無農薬の味噌、豆腐、納豆をメインに摂って、2年で治した経験がある。肉食をやめて、病院、薬に頼らずに「食で健康になる」ということを声を大にして叫びたい。
No.3 大分県 駄利詠二 18歳
肉を食いたい。ふと、そう思う。血の滴る新鮮な生肉を思う存分むさぼりたい。当然、どんな肉だろうがそんな事をすれば、生臭さに吐き気を催すだけだ。しかし、それでも生で肉を食ってみたい。
自分のそんな願望を、少し変態的だとは思うが、実のところまともだとも思っている。近代の人間は、加工によって全てをフィクションに閉じこめてしまっている。フィクションの世界にこもってしまっている。何か手を加えなければ、食事一つ満足に出来ないなんて、寂しい。
俺は、そんな閉塞感を打破したいのかもしれない。『ありのまま』なんて使い古された言葉を使いたくないのだが、それでも今、そんな気分だ。目の前に迫る、本質を直接感じてみたい。
自分の中の単純な本能を感じてみたい。ほとばしるほどの感情を持ってみたい。自分の狂気を解き放ちたい。
No.4 大分県 藤原
38歳
巷ではBSEを発端に、鳥インフルエンザ、鯉ヘルペス、SARSと言った感染症や伝染病の類が人類の健康や食糧事情を脅かしている。疾病も国際化が進み各空港や海港の検疫所をはじめ、厚生労働省の役割は重大かつ重要であるといえる。国民の財産や安全・健康を守るという観点からすれば政府は本腰を入れて鳥インフルエンザの対応に当たらなければならないだろう。市民はどの肉が安全か、卵は安全なのかといった事に躍起になっている。食文化が高度経済成長とともに急激に変化し、それに伴って生活習慣病に冒されていくわが国の状況を考えれば何を喰ってどのように生活していく事が美徳なのかが見えてきそうである。しかし、何よりもそのような世情に振り回されることなく質素であるがまごころのこもった本来の意味の馳走を食したいと希うばかりである。そして何を喰らっても何ともない丈夫な胃袋と肉体を持ちつづけたいと思うのである。
No.5 東京都 志津男 43歳
平安時代に仏教が伝来して以来日本は農耕文化で江戸時代は表向き肉食を禁じた。明治の開国以来、西洋文化に対する畏敬の念による肉食中心文化が現代社会において健康に悪いのは誰もが内心思っているのではないか私は最近の犯罪の増加や殺伐とした社会も肉食のせいではと思う事がある。日本を開国させたアメリカは穀類を加工し顧客は健康食にファーストフード店もシフトしている数年前訪問したNYで一番流行っていた小僧寿しに衝撃を受けた日本人にパンや肉を食わせておいてアメリカは寿司ブームだ我々はもう一度歴史を学び犯罪の発生が少なかった時代のように成熟し厳しく優しい平成新日本文明を目指してはどうだろう日本には弱肉強食は似合わない最近の殺人や自殺は人が死ぬと言う瞬間を病院や寺院と言う閉鎖空間を考え直すべきだと思う事がある事故も事件も肉親が泣き叫ぶ悲惨な現場を見ないからゲーム感覚の犯罪が減らないと感じるのは僕だけだろうか
No.6 北海道 ヘレフォード牧場 29歳
狂牛病という病気が世の中に衝撃を与えた。日本の次は米国、次はどこの国なのだろうか?私は北海道で牛肉を作っている。狂牛病は我々にとって本当に大変な問題である。国が取った理不尽な補助金の使い方(異様な使い方)。中間業者の生産農家への仕打ち(それもまた異様)。今までの売上が二分の一、酷い時は十分の一。米国で問題が発生し、牛肉の値段が5%上がった所で取り返しはつかない。ただこの問題が発生した事で良い事があった。それは国、農協に頼らず自分で生きていく事だ。自分自身で作ったものを始めて自分で食べた。すっげぇ美味かった。この事を自覚した事で人に進める事が出来た。まだまだ少ない量だが自分で肉を売り歩いている。リピーターも出てきた。美味いものは美味く、安全なものは安全。そういった簡単の事にこの大きな問題は気づかせてくれた。生産者として知っておかなければいけない事を。払った代償は大きかったが…
No.7 大阪府 5km 30歳
危ないのは肉だけではない。食品の安全性について総括的に正面から考える必要がある。
過去にも同様の現象は起きている。近年のバイオ技術の発達、生物兵器を題材にした映画の存在を背景に、マスコミが「肉」を利用している。映画のシーンで生理的、本能的に恐怖を喚起する「血、肉」の映像挿入と同様である。
自然状態を著しく逸脱した栽培食物、野菜、果物、魚魚介類等への異常発生はすでに明白である。また水道水についても安全性が取り沙汰されている。
正確な情報の公開と対応が望まれる。
消費者には今日明日買う商品のラベルをチェックすることしか出来ない。信頼足る販売者の存在とそれを監視する法的機関、規制の整備が不可欠である。
No.8 京都府 田中秀憲 33歳
肉と月。肉という漢字は象形文字で肉片に筋が二本入っている様を表したもので、月という漢字は三日月を表す漢字の夕との区別のために一本線を増やしたものであるらしい。そう考えると形に類似点はあるが、成り立ちが異なる以上肉と月に相関は無いとするべきなのだろう。しかし実際月は肉を表す代役として、肝、胆、肺、腰などにつかわれている。また、豚という漢字の月の部分は豚のおなかの中の赤ちゃんを表しているという説もあるそうだ。赤ちゃんと月といえばやはり女性の生理を思い出す。生理はホルモンが複雑にからみあい成立するもので、これが月の満ち欠けと同調しておこることはミステリアスである。古来、月も肉も祭祀の際、神聖なるものとして敬意をはらわれていたと思われる。それならば、月のもの=生理を無視し、試験管内でつくられるクローン牛の誕生とほぼ時を同じくして狂牛病が出現した現状は、神の配慮といえなくも無い気がしてくるが。
No.9 兵庫県 情報開示人 70歳
”肉を切らして骨を切れ”
国連分担金、ODA 血税が国民への返り血に
BSE恐れるな、堂々と鯨肉文化へ回帰せよ
竹島切手、寂として声無き民主党、売国党の証明発行
政治は結果責任言い募り、鉛筆勤務、四六協定そのままに 副代表
とうとう出ました二枚舌 日本も 但し、これは小説
何時でも何処でも安心をお届けする、
友好親善の真綿に包み、反日の反復放送バカの壁
左翼造語何時まで続く暗雲ぞ、マスコミの仮面をかぶり
日夜攻撃
最新鋭の核ミサイル開発核大国、こちらは
黙々と廃棄原潜の処理負担
毒ガス処理、不審船引き揚げ漁業補償費支払いも、
同類項が際限もなく続きます
医師優遇税制何時までたっても廃止なし、介護保険は
天井知らずの新巨利権
地震大国の喫緊の最重点課題は自衛艦の病院船建造5隻、
但し神戸港へは入港できません
No.10 東京都 wicky 37歳
最近BSEや鳥インフルエンザの影響で、行政当局からの規制等もあって、牛肉、鶏肉を食べる人が少なくなっている。牛丼を売らなくなった店も多いと聞く。しかし、私はそんなにむやみに神経質になってそうした肉を食べないのは馬鹿げているのではないかと思う。肉を自由に食べることがどれだけ幸福なことであり、我々の食生活に重大な力を及ぼしていることか。むしろこういう時期にこそ私は牛丼屋にエールを送り、どんどん牛丼や親子丼を食べたいとアッピールしたい。牛肉や鶏肉は我々の生活に必要不可欠なものだから。たとえそれを食べたから死んでしまったということになっても、私には何の未練も悔いもない。その肉がうまかったらそれでいい。
No.11 東京都 のりたろう
「肉」とはおよそ我々の口にする食物の中で唯一人間の尊厳を確認できるものではないか。「肉」はもとは肉体であった。生命体であり、命を伴っていたのだ。肉を喰らう行為は、命を消滅させることでもある。古来禁忌とされる行為だったのではないか。だが、肉を喰らうことは本能ともいえる欲求でもある。この矛盾に人間は宗教で答えを出した。牛や豚や、ある種の動物の肉を禁止し、又は祈りを唱え処理すれば食しても良いなど、様々な宗教が肉に関して免責戒律を作った。神の教えとして、人間の良心の呵責に応じたのだ。地上の動物だけではない。漁に出て最初に獲った魚を神に捧げる民族もいる。意識せずとも人間の尊厳を持って肉を食していたのだ。だが遠い過去の話になったらしい。共食いをさせた動物の「肉」を喰らう人間には尊厳ではなく傲慢しかない。近年の食肉汚染問題は、命を宿していた「肉」に対して傲慢になりすぎた人類への警鐘かもしれない。
No.12 東京都 鞍原良音 54歳
肉は旨い。子どもの頃すき焼きなど高嶺の花だったが希に食すると無上の喜びを感じた。食生活が貧しかった頃はすき焼きでもご馳走すればかなりの無理を引き受けてくれる人もいたに違いない。その面からすると飽食の時代はご馳走して人を動かすと言うことが難しくなっただけ暮らしにくさも増した気がする。ところで肉食は高血圧や高脂血症になるから菜食にすべきだという説が巷に溢れ私も単純にそれを信じて肉食を減らす努力を続けてきた。ところが先日のテレビで東京都老人総合研究所の鈴木先生が肉も食べないと長生きできないと話していた。不老長寿は人類長年の見果てぬ夢。こんな大事なことなのに、いかにも権威のありそうな筋から嘘八百が吹聴されてはたまらない。どのような生活習慣が、どのような食生活が健康で長生きにつながるのか。上記研究所に徹底研究してもらいたい。知事お願いします。
No.13 山梨県 キン肉マン 55歳
題:牛丼よすまん
吉野家、松屋とひたすら牛丼を食べ続けてきた私だが、牛丼が一定期間食べれなくなったことはさほど問題ではない。
それよりも私にとって問題だったのは、豚丼なるものが美味しかったという事実であった。言い換えれば、私は牛ではなく豚に恋をしてしまった。牛よ、すまん。いや、まだ間に合う。早く日本に帰ってきてくれ。
メディアは米国牛を二度と食べれないかのような報道の仕方をしていたが、きっとあと一年もすれば君の素朴な味に再会できると私は信じている。
No.14 東京都 契爺 62歳
物心ついたのは戦後だし、田舎育ちだったから、少年の頃は肉といったら鯨か、飼っていた鶏、獲った野兎ぐらいしか口にしたことはない。長じて北米を単身旅していたときの、肉に関する強烈な印象はいまも忘れない。NYなど各地で、1ドル99セントといった値段が売り物のステーキ屋がブロックごとにあった。そんな店であるとき、カルチャー・ショック(1969年夏、こんな言葉はなかった)に遭遇することになった。Tボーンステーキを平らげたあと、前のテーブルで同じものを注文した、どうみても70歳を超えた老婦人の食べぶりであった。食べ終わった皿を見比べて、全然違うことに気がついた。かたやしゃぶり尽くした真っ白な骨だけ、こちらは取りきれない肉片が付いたまま。勝負あった、肉食とはこういうことなのだ、と刮目させられたのだった。全頭検査をにべもなく拒否する原点はこういうところにあるのだ。魚なら負けないのだが……。
No.15 東京都 辰見根音 44歳
※6月からの段階的イラク撤兵に備え、G/W中に緊急来日したブッシュ大統領と小泉首相、赤坂のステーキハウスで急遽輸入解禁されたUSビーフで会食して、ご両人共、秋の大統領選も忘れ、上機嫌で世界平和への貢献をお互いに褒め称え合ったとか合わなかったとか?
(GNNのスクープ記事)〜痛烈な皮「肉」になるか?
―ブッシュ大統領、日本で米肉のお出迎えに感激!(大統領)日米関係は、これまでで最も良い。それに純は私の知る限り、最強のリーダーだ!
(首相)大統領、貴方こそ!
(大統領)夕食も最高だった。(米肉だよネ?)
(首相)仰せのままに。(日本と自衛隊守ってネ!)
(大統領)ワハハ!(任せとけ!)
(首相)ムフフ!(任せた!)
(ご両人)これで、秋はハッピーだナ!イェーイ!
―ブッシュ叔父さん、日本の米肉ブームに飽き飽き?
No.16 神奈川県 うえだ六文銭 47歳
ふと思う。
日本国の骨に当たるのは何だろう?
日本国憲法か。
では肉に相当するのは何か?
国民の国家への気構えが肉に当たるのだろう。
それを養う食物や水にあたるのは教育であろう。
日本は戦後骨格を八頭身に整形され、七年弱の間偏食を強いられ肉体はやわく退化し、昔反抗した親の肩車に乗ったまま甘えてエクササイズをサボった。
さあ立ち上がろうと思っても気持ちが肉に伝達できない。足腰立たずだ。 不甲斐ない。
親が威勢がよくて大過なくここまで来れたがいつまでもあると思うな何とやら。
今のうちにリハビリしておかないと大変だ。
楽しいリハビリはないがなあ・・・。
No.17 米国 松寿院源法 63歳
私生まれは中国育ちは長崎、志を持って上京す。話せば長くなるが故に、その間の経緯は省略しますが、今は故あって、米国カリフォルニア州シリコンバレーに永住権を取得して暮す生粋の日本人です。岡目八目的な視点で持って昨今の日本をつらつらと観察しています。
然るに毎日腹立たしき事ばかりが目に付きます。ことさら日本の政治家、官僚が繰り広げる、自己の保身にのみうつつを抜かす、貧困な発想と施策に腹立たしい気持ちで一杯です。今回の米国の狂牛病に端を発した輸入規制とそれに伴う、連日の牛丼専門店の品切れ情況を報道する平和ボケしたマスコミの報道も苦々しい気持ちで見てます。本場のアメリカでは毎日ステーキを食べていますが、このような馬鹿騒ぎは全くありません。針の先をつつく様な、安全性を求める輸入規制も農林省と畜産農家を票田としている一部の政治家が、高い肉を日本国民に食べさせる為の、正論を翳した手段としか思えない。
No.18 アメリカ 小さなピアニスト 20歳
おそらく日本人のほとんどが肉好きだろう。夏に海辺でやるバーベキューやキャンプでの焼肉パーティー、寒い冬に親しい友の家で集まってやる鍋パーティー。肉は空腹なお腹をおいしく満たすだけではなく心に素敵なアルバムを残してくれる。
しかし大変な時代がやってきた。「肉危機」楽しく頂くはずのお肉が予想を超えた不幸をもたらすことがあるのだ。なぜこういうことになってしまったのか、誰もこんなことは望んでいなかったろう。自分らの身体が我々人間の血となり肉となるはずだった家畜たちも、無残にただただ殺されて捨てられるなんて耐え切れないだろうに。
人間は勝手な生き物だ。たとえ家畜といえ、事態が起こってから解決しようなんて遅すぎる。私は罪のない命を殺すことが嫌いだ。衛生面、配慮不足、理由が何なのかまだわからないが、一刻も早く元の安全な食生活に私たちを戻してもらい、全ての肉への笑顔が再び戻る日を待望している。
No.19 神奈川県 水沢直樹 32歳
アメリカ産牛肉の在庫が切れるまで、1ヶ月以上のリードタイムが有った。それなのに何故、牛丼は消え人々は混乱するのか?
牛肉はオーストラリア産も有り国産も有る。それで足りなければ南米も輸出国だ。それらでは美味しい牛丼が出来ないのだろうか?
工夫次第だろう。かつてドイツでは飢饉を避けるために、ジャガイモの生産が義務付けられた。国民は当時不味いと言われていたジャガイモを美味しく食べる術を編み出し現在のドイツ料理につながっている。
スイスでは1年以上経過した小麦を食べるためにチーズフォンデュが生まれたという。
産地が変わったくらいで、それも1ヶ月以上も準備期間があって、牛丼が消えるのは彼らの怠慢に他ならないのではないだろうか?それともオーストラリア産牛肉にセーフガードを発動した農水省こそが牛丼を消した張本人かもしれない。
No.20 静岡県 かねちん 29歳
私は29歳。「にく」の年。2月9日は,「にく」の日。だと思ったら,毎月29日が「にく」の日らしい。肉屋の陰謀か?BSEにより牛肉もダメ,鳥インフルエンザにより鶏肉もダメ,もし口蹄疫が発生したら,豚肉も羊肉もダメになってしまう。そうなったら,一体何の肉を食ったらいいのか?いや,そもそも肉を食うべきではないのか?もしみんなが(特にアメリカ人)ベジタリアンになったら,ひょっとして地球の食糧危機は解決してしまうのではないか?と思い試算をしてみた。日本ベジタリアン協会のHPによれば,肉食は菜食20人分に相当するらしい。アメリカ人と日本人がすべてベジタリアンになったら,(2億9000万人+1億2700万人)x20で約83億人となり,世界の人口62億9000万人を余裕で賄える数値となる。しかしながら,2050年には世界の人口は90億人を突破すると推定されており,結局は食糧不足の解決には至らないのである。
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