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No.1 東京都 高橋司郎 67歳
安全で安心な町そして子供から大人まで最低のマナーをわきまえ最低でも同一町内に住む人々が朝晩道で出会っても『挨拶』を交わせるそんな日本を取り戻したい。そんな日本に住みたいですね。
最低の『ルール』を守ることから始まります。誰にも見える形で『ルール違反』それは、『いたるところで見ることの出来る”不法駐輪問題”です』 30年前高度成長の波に乗り自動車の急速な普及により不法駐車の問題が社会問題になりその後現在までに大分改善されました。しかし今『不法駐輪問題』は全国区の問題としてその解決策が急務です。
自転車を『地球環境』に優しい新たな交通手段として捉えることです。不法駐輪を取り締まり撤去するのでは無く『受け入れる』方向でハード・ソフトの両面から抜本的に見直すことです。不法駐輪問題は大人と子供の身近な教育問題です。
No.2 埼玉県 深津勝 53歳
私の住んでみたい日本
それは粛々と、老人を専門地域へ隔離せんがごとき政策をとり、若人と称した2世議員が、それこそ当然とばかり国政を牛耳る国ではない。
私の住んでみたい日本
それはわずかな給金で子供を養い、明日への希望がその子供の将来だけという、夢や希望の持てない官僚国家ではない。
私の住んでみたい日本
それはたった40キロの往復で6000円も高速代が掛かる高速道路や、たった80キロの往復で2000円も掛かる鉄道のある国ではない。
私の住んでみたい国
それは、それは、じっと手を見る。
No.3 大分県 豊後猛士 41歳
三千年の歴史守りて捨つる身の思えば軽ろきわが命かな。今から半世紀余り前、わずか17歳にしてこのような祖国の矜持を胸に死んでいった方がいた。近ごろ訪れたある鹿児島の特攻関連施設で、私はこの歌に出会い衝撃を受けた。神武創業より以前に国の歴史の由来を置き、その悠久の価値のゆえに自らの生を鴻毛に比す人。今かような人を探して巡り合えるかどうか。自分の中にそれを求めるも小さき自我の抵抗に辟易する毎日。ああ、戦後民主主義の足枷に悩めるかな我。日本海の向こうに同胞を連れ去りし者どもが、背骨を失ってクラゲのごとき日本に、とどめの一撃を食らわさんと気息をはかっている。今こそまなじりを決して立ちあがる時と声なき声が聞こえる。瑞穂の国、美わしの日の本。その美名に恥じない民の住まう所となれかし。さらば我そこに住まわん永遠に…否、いかに荒れ果てるとも日の本は、わが祖国ゆえに、永遠に「私の住んでみたい国」。
No.4 東京都 肥後河童 41歳
生きていくことに宝玉の輝きが見いだせる日本に住みたい。特に高望みするわけでもなく、贅沢がしたいという訳でもなく。一日一日が自分の中で大切だと思えるような日本に。
昭和の真ん中あたりで生まれ、青年期に入ろうとするときに耳に障害を持った。それまではごく平凡な生活だった。それが障害を受けた途端人生観が逆転し、世間からは負の資産を持つ人だと解釈され悔しくて眠れない夜が増えていった。それでも何とか立ち直れた。今こうして生きていられる。私を愛してくれて支えてくれた女性もいる。
生きていく事にポジティブになれる心を与えてくれた。しかし、これからの日本はどうなるのだろう万人に平等に生きていくことにポジティブな感覚を与えてくれるのだろうか?乗り越えようとする人を追い落とす様な日本に変わりつつあるのではないだろうか?
どこかねじ曲がっていく日本。人を支えられる輝きをもつ国に戻って欲しいものだ。
No.5 埼玉県 のり 73歳
私は日本語での『忖度する』という言葉が好きです。誠にお恥ずかしいことですが55年前、高校時代にこの漢字にカナが振れなくて意味もわからず妙に頭にこびりついて離れないからです。戦後の母性に阿るような日教組主導の教育方針にもよるのでしょうが、最近マスコミにも他人の発言の言葉尻を捕まえて、直感的な論評が多いのが、きわめて気がかりです。果たしてその人が何を言おうとしているのかが、解る位の理性なり知性なりを持ち合わせて欲しい。一番端的な例ですが、葬儀の喪主に向かって「今どんなお気持ちですか」と問い掛けるリポーターなどに対する品の無さには、辟易します。せめてこの程度のことが守れるそんな日本でありたい、そんな日本に住みたいのです。
No.6 東京都 小田英史 40歳
私は、子供が生まれてから道徳心のある人間に自然になってしまった。何故か。基本的に自分のできないことは子供には叱っていけないと思ったからだ。赤信号は必ず守る。とか電車は降りるひとが先だとか、そんな簡単なことができない人が多すぎる。若いものがとか言われるが、日本人のお年よりもひどいひともいる。ルールを守れる国に住みたい。ルールを守ってみたい国にしたい。親は子を叱る。しかし親は子の見本にならなくてはいけない。社会も上の人間がちゃんと見本を見せて立派に仕事していれば部下もついてくると思う。国もしかり。行政もしかりでしょう。みんなで考えて民主的に決まったルールをちゃんと守っていれば今の道徳に欠けた日本になっていないのではないでしょう。きまりを守れる人達の住む国になってほしい。
No.7 東京都 石野達也 21歳
ほとんどの監査事務局において、環境チェック導入が絶望的な状況で、環境監査を実現させていかなければならない。日本でエコロジカルな街づくりをしていた、長崎県佐世保市のハウステンボスが経営破綻したことは、残念である。地球環境問題への本質に迫るようなチェックリストを作成することが求められる。また環境監査といっても現在のISO(国際標準化機構)14,000シリーズでは、環境マネジメント・システム(EMAS)の整備・運用に対する監査が中心となっている。EMAS(EU環境マネジメントおよび監査制度)では環境パフォーマンスに対して環境報告書を開示し、外部環境監査人が監査するという点で一歩踏み込んでいる。これらのことを私は見習い、実践するようにしたい。また、ISO14001取得後も、気を緩めることなく、環境問題に対応しなければならない。そのために、まず自分が変わらなければ何も変わらないことを結論とする。
No.8 千葉県 jinrikisya 21歳
自分は今の日本をもっと楽しく生きられる日本にしたいです。自分はアメリカに住んでいた経験があります。そこでは人々は気持ちの余裕さ、ほころびる笑顔で満ち溢れておりました。そこで私は文字通り生気を吸収し、人間らしい一面が形成されたと感じております。そして日本に帰国した瞬間に何ともいえない鬱な雰囲気が日本に漂っておりました。多くの留学帰りが感じることと思いますが、「日本人は病んでいるのか?」という感覚です。予想通りアメリカとの差は歴然でした。例えば、電車に乗っていてもみな疲れ切っています。仕事帰りのサラリーマンの方々は痴呆気味の表情を顔に浮かべております。同じ電車でもアメリカでは、乗車した瞬間に目が合った人と打ち解けてしまい、目的地まで楽しく話しをして気持ちのいいまま下車するといった具合です。果たして、このような光景が日本であるでしょうか?電車で目が合えば逆に睨み返すといったところが現状でしょう。
No.9 岡山県 やぶれかぶれ 68歳
まぁーどっちみち実現しないだろうから,せめて夢だけでも語りたい。先ずエネルギー問題は海外依存に頼っているが,コスト高と不安定要素が付き纏う原発はトラブルが多く二次廃棄物の処理が厄介だ水力,風力,波力,太陽光,バイオ,全て天候依存型で安定的に欠ける,そこで提案したい、我が国は全土に点在する火山の国,地下には尽きる事の無いマグマ溜まりが地表近くにある,クリーンで安定的なこのエネルギーを日本の技術で以ってプロジェクトチームを編成し開発出来ないものか?
実現出来れば是ほど理想に近いエネルギーは無い。次に食糧問題である異常気象の続発により農作物の収穫が世界的に不安定になり,大半海外依存の我が国は深刻に成らざるを得ない。農地の減少を食い止めて後継者の無い農業を企業化し最低の需給量は確保すべきだ!せめてこんな日本になれば,私も海外の有能な人たちも住んで見たいと思うだろう!
No.10 オーストラリア 中川純一 29歳
私の住んでみたい日本と聞かれると現存の日本に対して否定的なイメージを抱かせるが現在の日本の環境が他国と比較した場合決して劣っているとは思わない。逆に世界でも最も住み心地の良い生活環境が整った国だと感じることがよくある。例を挙げれば治安の良さだとか国民の知的水準の高さなどはどの国に対しても恥じることがないほど突出しているのではないかと思う。しかしながらここ最近の不景気や政治機能の不具合などに対して我々は必要以上の不安や恐れを抱いているのも現状である。考えてみれば不思議なもので最も優れた環境において尚最も杞憂するというのはどういう要因が介在しているのかと疑問を抱いてしまう。自分の中でおぼろげに浮かんだのが自立という言葉であった。つまり今までの我々は依存型であり自立型に変える過渡期に今いるのではないかと思える。あえて最初の問いに答えるなら自立した国家の中の自立した個人でありたいと思う。
No.11 フィリピン 八木貴行 31歳
私はフィリピンに駐在員として7年間工場に働いてきました。この間、フィリピン人、アメリカ、ヨーロッパ、他のアジアの人達と交流もあり、個人的な考え方も踏まえ、相対的に日本の良いところ悪いところが少しながら感覚的に見えてきました。
私の住んでみたい日本というテーマにおいて、一番感じるところは、全てにおいてこだわりを見せる日本人の特性を全ての分野で発揮された社会がある日本です。そして、さりげなく歴史の深みを感じさせてくれる人々、風土が多い日本であって欲しい。フィリピンを例に挙げると若い国ですので歴史の重みがあまり感じられない。日本は素晴らしい歴史に恵まれた数少ない国であることを実感しなければならない。高い道徳観がある国。これは他国から評価をされていたところですが、これが維持された国であって欲しい。強烈な宗教を持たないこの国の道徳観は危なく流動的である。それを確実にした国。大人を感じさせてくれる国。
No.12 東京都 気をつけだるま 26歳
私は、自分達の国の過去の歴史に対して卑屈にならない『日本』に住みたいです。
潜在的に「悪い事をしたんだ。」と思い込ませるような歴史教育しかされていないと、その呪縛から抜け出すことがなかなか出来ません。
もっと冷静に客観的に事実を見つめ、その時代の世界情勢の中、なぜそういう事態になったのかというのを学べる環境にならないと、いつまでたっても自分の国に対して誇りを持てるようにはならず、国力はあるのに外交では発展途上国よりも発言権のない先進国という稀有な存在から抜け出すことが出来ないと思います。
だから、過去の歴史に対して卑屈にならず、ただ謝るだけではなく、歴史と向き合う勇気と、日本国の国民として、よりよい国にしていこうという気概を持った国民が住む日本に住みたいです。
No.13 愛知県 千間丸 48歳
「ワン、ワン」愛犬の散歩の催促です。今日も早くに起こされましたが、ご近所迷惑を気にする必要の無い田舎で良かった。でも少し離れた家の方から「最近、朝早くから鳴いてますね」と嫌味風に言われた事も。もっと田舎で住まないと、犬も大きな声で鳴けないのかもしれません。
私は、早口で話し声も大きいらしい。元気に暮らしている人たちを見てみると、話すのが好きそうだと思いませんか。本を読んだり、趣味に没頭する静かな時間も大事だと思います。でも最後には、一緒に共鳴してくれる人と話してみたくなります。それが、人間だからです。毎日の私の生活は、介護状態の高齢の両親と学生の息子たちとは、楽しい会話はほとんどありません。子供たちが育つ間は、明るい話題で満ちていた日々もありました。早く孫の顔が見てみたいと思うこの頃です。
子供が大きな声で元気に遊び回る日本にと、願っています。
No.14 東京都 湯多加幸 68歳
「日本国」に生まれた幸せ、「日本人」としての誇りと信念を皆が共有しつつ、変化に富む四季の流れ、重なる山並み、小川のせせらぎ、豊かな草花、旬の食材、美酒の多きこと。 豊かな文化と誇るべき歴史。
「日本国」でこそ享受できるこの幸せよ。
利権が中心愚かなる与党政治家、絵空事と空理念先行の野党、無知と自己満足のマスコミTV、腐敗の官僚、自己卑下の金持ち外交、世間知らずの法曹界、コンクリートの高層ビル群、弱者の大義名分で怠け者も喰うに困らない幸せな社会。被害者よりも加害者の人権重視の不思議な社会。
今が幸せの絶頂期、豊かな日本。 何の不満があるものか。
歴史が答える将来像、日本の没落誰ぞ知る。
No.15 東京都 今はなきグッピー 19歳
このまま少子化が進むと個人がうけ負う年金の負担が更に大きくなります。また、風俗で働く女の子が減ってしまうので、風俗フリークの僕としてはとっても心配です。子沢山の家庭が満ち溢れている社会がいいです!
No.16 宮崎県 keibo 70歳
薪の煙が漂い匂う国家
薪の煙が家庭の中から消えて久しい。かまどや風呂場や囲炉裏から消えてしまった。母は寒い朝も誰よりも早く起きて食事の支度。味噌汁の匂いと御飯の匂いが、寝床の中まで漂って、眼を覚ましたあの頃が懐かしい。
燃料のエネルギーが薪の頃を振り返るだけで、懐かしさの余りに俺の胸が熱くなり目頭が潤む。親父は斧を振るって薪割り、子供達は近くの森へ杉の落ち葉や、枯れた小枝を拾いに出かけたあの頃が。
科学が急速に発達して、並みの人間では社会の変化や環境に対してまで、対応が難しくなって来ている。ジーゼル車やコンビナートが吐き出す煙の匂いや煤が、現代人の脳細胞を破壊しているのではとも思う。薪の煙と匂いが人間の精神を癒し、自然環境を保つ効果があったとも思う。規制に踏み切った石原都知事の決断に敬意を表したい。私の住んでみたい日本は、薪の煙が漂い匂う国家だ。
No.17 東京都 びんちゃん 47歳
子供の頃の東京にもう一度住んでみたい。狭い路地には子供たちや物売りの声が響き渡るあの頃の東京。子供が子供であり、大人がちゃんと大人であった東京。家業を一所懸命やっていれば幸せがあり、食べていけた。勉強より大切なことがあった。守らなければいけないことをきちんと教えてくれる人がいた。あの頃の日本は今どこに行ってしまったのだろうか?何かがおかしい、狂っている、きっと誰もが思っているであろう今の日本。今の子供たちが半世紀を生きた時に、自分はあの頃の日本に生まれて良かったと、果たして思うことが出来るだろうか?私は幸せな時に生まれたと思う。しかし、その幸福感を次の世代に伝えるために、努力しているの?そう問われたときに、何かを恐れてそれを実行に移せない自分がいる。母が夕餉を告げに来たあの黄昏の街で、もう一度暮らすことが出来たら、あの頃の心を取り戻せるのだろうか?
No.18 群馬県 小内敏晴 50歳
今農村は灰色の中にくすんでいる。戦後の食糧難から増産へ、その後「選択的拡大」による米麦養蚕から施設園芸に、畜産経営にと、農家は作目を替えながら、徐々にその選択肢を狭められ、行き場を失っている。政治討論会では「国際競争力のある農業の確立を」とか「国民の食と安全を守る農業を」と語っている。しかしかつて加工貿易と称して農村を相対的に疲弊させ、その過剰労働力により成り立ってきた自称「工業立国」が、その経済を維持するために、「国際分業論」を振りかざして次々と農産物自由化に踏み切り、結果が今の姿である。「春の小川はさらさらゆくよ」といった童謡の一節がある。しかし小川はいつからあったのか、誰が維持してきたか、春の小川とは紛れも無く農業用排水であり、百姓が営々と守りつづけてきたところに農業の本質があるような気がしてならない。春の小川が春の小川でありつづけられるよう、その位の余裕を農業に与えてほしい。
No.19 東京都 関孝成 44歳
遵法精神と倫理観と滅私奉公の心が尊敬され、どんな小さな犯罪に対しても容赦しない、厳しい刑罰を抑止力とした治安の良い日本。日本を立て直す為の最優先課題は「教育」。東京裁判史観に則った左翼教育、個人(身勝手)主義教育、ジェンダーフリー教育、結果平等教育など、社会を破壊する教育は全てを排す。明治維新以降の近代史を時間をかけて正しく教育する事で、日本人としての誇りを持たせ、GHQが絶賛した「教育勅語」を礎にして「日本人としての心構え」を教える。勿論、努力した人が報われる競争原理の教育体制は言うまでもない。「教育」が日本の将来を決める。
No.20 神奈川県 mo1117 48歳
四季折々の季節の色を感じだしたのはいつからだろう?四季折々の季節の音を感じだしたのはいつからだろう?四季折々の季節の匂いを感じだしたのはいつからだろう?一直線に前を向き遙か彼方見えない地平を目指し、駈けていた僕の五感は、最近よく寄り道をする。季節の色・音・匂いが僕を立ち止まらせる。確か日本は物的豊かさを求めるあまり、自然を破壊し「こころ」は「もの」の中に埋没してしまったのではなかったか?いやいや捨てたものではない。僕の五感は、春は春の、夏は夏の、秋は秋の、冬には冬の、というよりも日々の季節の移ろいを確実に感じている。歳のせいかもしれない。でも歳をとることで感性が磨かれるなら、よろこんで歳をとろう。まだ、この日本の四季折々の色・音・匂いが在ることに感謝し、今このときを胸一杯に感じ、この思いを子供達に伝えていかなければならない。最低限、今の日本を!
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